ギリシャコインには麦の穂を抱えた女性の姿が描かれているものがあります。これが、豊饒の女神デメテルです。デメテルとその愛娘ペルセポネーは仲むつまじい、美しい母娘でした。地下の国を支配する神ハデスは、ペルセポネーを自分の妻にしたいと願い、牧で夢中になって花を摘んでいる彼女を地下の国にさらってしまいます。
母デメテルは太陽神ヘリオスからこのことを聞かされ、怒りと悲しみから姿を隠してしまいました。すると、世界中から豊饒と実りの力が消え、すべての木が枯れ、野に花は咲かず麦も収穫できませんでした。これを見たゼウスは、この結婚を渋々ハデスに許しはしたものの、地上の様子に困惑し、ヘルメスを使いとしハデスにペルセポネーを母親のもとに返すよう命令しました。
しかし、ペルセポネーを深く愛しているハデスは、黄泉の国のざくろを彼女に食べさせました。このざくろを口にしたものは必ず地下の国に戻ってくるというおきてがあったからです。ヘルメスの馬車に乗って地上に戻ったペルセポネーに会うや、デメテルは正気を取り戻し、大地は息を吹き返し、世界中の草花も喜びにあふれ、花が咲き乱れました。
まるで春を迎えた様子だったのでしょう。やがて夏がすぎ、麦が穂を揺らすと、ペルセポネーはデメテルに`ざくろのおきでを語り、もう帰らなければならないと告げます。デメテルが再び悲しみに沈むと、地下の国は暗いが、自分は不幸ではない、ハデス王は無愛想だが自分をとても大切にしてくれる、それに半年後にはまた、地上に戻れる…と母を慰めます。デメテルの心はいくらかおさまりましたが、やはり娘のいない間は打ち沈み、無邪気で純真だったペルセポネーの少女時代を思い返す毎日でした。
こうして世界に実りのない季節…冬ができたのだそうです。半年後には地下からペルセポネーが再び現われ、母の喜びと共にまた春が訪れます。
この美しい物語は、古代ギリシャの詩にホメロス風に歌われています。さわりを記しましょう。「かしこい神、髪うるわしきデメテルと、くるぶし細きその姫の物語…はたたがみのみはるかすゼウスの許しにより、ハデス王、その姫をかすめ去るや。姫は黄金の太刀をはき、良き実を恵むデメテルの傍を離れて、胸ふくよかなるオケアノスの娘たちと戯れ、花を摘みにけり。やわらかな牧のほとり、薔薇、サフラン、さては美しいつぼみを求めて…」小川政恭訳「ホメロス風賛歌集」より
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