こんにちは。
2月になってもまだまだ寒い日が続いています。来週以降は少しずつ暖かくなるようですので、もうしばらくの辛抱ですね。
一日も早い春の到来を待ち望んでいる今日この頃です。
今回は前回に引き続き「丑年」ということで「古代の牛コイン」をご紹介します。今回は古代ローマで発行された牛のコインです。
気候と土壌に恵まれたイタリア半島は古くから農耕が盛んであり、都市国家ローマも領域を拡大させるに従い、農地を開墾してゆきました。大都市で消費される食糧を供給する必要性からも、開墾・運搬に欠かせない牛は大切な労働力でした。
ローマの建国者とされるロムルスも自ら牛に鋤を牽かせて開墾し、ローマ建設の一歩を標したとされています。
一方で神々への供物としても頻繁に捧げられていたようで、儀式の最後には屠った牛を焼き、参加者大勢に振舞うことが一般化していたようです。こうした行事はローマの神々に対する祈念や感謝を示す為、国家や都市が主催する公的な宗教儀式でしたが、他方で現在のバーベーキューのようなお祭りとして人々の楽しみにもなっていました。
大神祇官として儀式を執り行うマルクス・アウレリウス帝
レリーフの人々の背後には犠牲獣である牛の姿が確認できます。
なお、牛乳は現在のように保存技術が発達していなかったためかあまり消費されず、主に山羊のミルクが飲まれていたとされています。保存食であるバターやチーズは山羊のミルクと同じく牛乳も使用されて作られ、女性の化粧品としても利用されていたそうです。
ローマにとって経済的・宗教的に欠かせない存在だった牛の姿は、共和政~帝政期にかけて発行されたコインにも頻繁に表現されています。その姿は儀式での犠牲獣として、または畑を耕す労働力として表現され、時には躍動感溢れる力強い姿で刻まれました。
ローマ BC105 デナリウス銀貨
躍動する牡牛像。手綱も無く、自由に飛び跳ねる活き活きとした姿です。表面は女王神ジュノー(ユノー)。山羊の皮を被る姿は「ユノー・ソスピタ(救済のジュノー)」と称され、女性や子どもたちを守護する女神像とされています。
ローマ BC81 デナリウス銀貨
岩の台の上に立つ人物と牡牛。中央部に聖火が灯された祭壇があることから儀式の様子とみられ、牛は神に捧げられる供物とみられます。また、表面のダイアナ女神像の頭上にも、小さな牛の頭が配されています。
ローマ BC81 デナリウス銀貨
表面は豊穣神セレス、裏面は鋤を曳く二頭の牛。右側には農夫が配され、畑を耕す様子であることが分かります。農業が主題となったデザインのコインであり、農業が重要視されていたことが分かります。
また、神話では建国者ロムルスが牡牛と牝牛に鋤を牽かせ、初期ローマの境界線を引いたと云われることから、神話上の場面を表現している可能性もあります。
牛に鋤を牽かせる構図は単なる農耕風景に留まらず、ローマ人にとっては新しい土地(=入植地)の開墾、新都市の建設を想起させました。
ローマ BC45 デナリウス銀貨
表面にはアポロ神、裏面には古代ギリシャの伝説「エウロペの誘拐」が表現されています。フェニキア、テュロスの王女エウロペに見惚れたゼウス神が美しい白牛に変身し、エウロペを背に乗せてクレタ島へ連れ去ったとする伝承はギリシャ・ローマでも広く知られ、壺絵や壁画など様々な芸術作品の題材に取り上げられています。
コイン上に表現される例は稀ですが、牛に乗った乙女像という基本的な構図はそのまま再現されています。
ポンペイの壁画に描かれたエウロペ
エウロペを乗せた牛が渡ったクレタ島はフェニキアから見て西方にあたり、そこから地中海北西の地域をEurope(ヨーロッパ)と称するようになったと云われます。
現在、エウロペ像はユーロ紙幣の透かし部分の共通デザインとして採用されています。
ゼウス神とエウロペの間にはミノスが生まれ、彼はクレタ島の王となります。しかし海神ポセイドンから賜った美しい牡牛を供物として捧げることを拒否したため、罰として王妃はその牡牛に恋心を抱き、やがて牛の頭を持った王子が誕生することとなります。王子ミノタウロスを恐れたミノス王は彼を閉じ込める為、迷宮ラビリンスを建設したのでした。
クレタ島の伝説には「牡牛」が重要な場面で度々登場し、人間界と神々の世界を繋ぐ存在として語られていることが読み取れます。
ローマ BC42 デナリウス銀貨
暗殺されたユリウス・カエサルが神格化された年に発行。カエサルの横顔肖像と跳ねる牡牛が表現されたコイン。
ローマ帝国 BC15 デナリウス銀貨
カエサルの後継者アウグストゥス(オクタヴィアヌス)の治世下に発行。頭を下げて上体を前方に傾け、敵に向かって突進する構えの牡牛が表現されています。ガリアの植民都市であるルグドゥノム(現:フランス,リヨン市)で製造された一枚。
ローマ帝国 AD77-AD78 デナリウス銀貨
皇帝ウェスパシアヌスの治世下に発行。表面には息子ティトゥス、裏面には鋤を牽く二頭の牛が表現されています。共和政期に発行されたコインとほぼ同じ構図です。
ローマ帝国 AD362-AD363 2マイオリナ
ユリアヌス帝の治世下、帝都コンスタンティノポリスで製造。キリスト教が拡大した時代、ユリアヌス帝はギリシャ・ローマの伝統宗教を復興させようとし「背教者」の異名で称されました。軍隊生活を経たユリアヌス帝は、当時兵士たちの間で信仰されていた東方由来のミトラス教に傾倒し、兵士たちと共に儀式に参加していました。
牡牛を屠るミトラス (2世紀頃, 大英博物館蔵)
ミトラス教では牡牛が犠牲獣とされ、ギリシャ・ローマと同じく儀式では牛が屠られました。こうした特徴から、コインに表現された牡牛はミトラス教の犠牲獣として示されているという説が有力です。また、星の下にある構図から、ユリアヌス帝が牡牛座の生まれであることを表しているとする説もあります。
多神教を信奉した最後のローマ皇帝とされるユリアヌス帝が戦死すると、ローマ帝国のキリスト教化は急速に進み、古代ギリシャ・ローマの神殿や聖域は教会へと変えられていきました。テオドシウス帝によってキリスト教がローマの国教に定められると、従来の儀式や信仰は禁止され、多神教は急速に衰退して行きます。
その過程で牛も犠牲獣として供えられることは無くなり、その後は宗教的役割から離れて純粋な経済動物として発展していくことになるのです。
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