こんにちは。
秋分を過ぎてすっかり涼しくなりました。
秋風も心地よく、ようやく外出しやすい季節になったように感じます。室内もエアコンを付ける必要がないほど過ごしやすく、どこで何をするにも最適なシーズンです。
ただ日が暮れるのも早くなり、時節の移ろいを感じさせますね。
今回は古代ギリシャ、イアソスで発行されたコインをご紹介します。
イアソスはカリア地方の沿岸部、現在のトルコ南部、ムーラ県ミラース郡に位置する小さな半島に存在した都市です。ペロポネソスのアルゴスから渡った人々が築いた植民都市とされ、もともとは独立した小さな島に建設されました(*現在は土砂の堆積によって本土と陸続きになっている)
イアソスの周辺は豊かな海洋資源に恵まれ、漁業が都市経済を支える主要な産業でした。
1世紀初頭、ローマ帝国の地理学者ストラボンが記したイアソスの逸話は、人々の生活が漁業を中心に回っていたことをうかがわせます。
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巡業中のとある音楽家がイアソスを訪れ、中心部の劇場で演目を披露していたところ、魚市場の開場を知らせる鐘の音が外から聞こえてきました。すると観客たちは次々と劇場から出て行き、魚市場へと向かっていきました。
しかし最前座にいた一人の老人だけは席を立とうとしませんでした。失望していた音楽家はその老人に近づき、真摯に耳を傾けてくれたことに礼を述べました。
その老人は耳が遠かったのであり、音楽家の言葉で魚市場が開場したことを知るや、大急ぎで外に駆け出していきました。
イアソスの劇場跡
こうした話が伝えられているほどに、古代からイアソスは漁業の町として知られていました。海に囲まれた小さな都市だったこともあり、人が生きていく上で海との関係は切り離せないものでした。
イアソスの経済活動は他の都市と比べても小さく、発行されたコインもドラクマ銀貨や青銅貨など、日常的に用いる小額貨幣に限られていました。
紀元前3世紀半ば、コインの裏面に「少年とイルカ」のモティーフが登場しはじめます。このメルヘンチックなモティーフは、海に浮かぶ都市イアソスにまつわる伝承を表現しています。
イアソス BC250-BC190 青銅貨 アポロ神/ヘルミアスとイルカ
かつてイアソスにはヘルミアスという少年が住んでいました。彼はイアソスで育った他の子供たちと同じく海に親しみ、毎日海へ出かけていました。
ある日、いつものように友人たちと海に入ったヘルミアスは、大波に飲み込まれて行方不明になってしまいました。彼の母親は波に攫われてしまった息子の帰りを待ち、悲しみに暮れながら何日にも浜辺に座り込んでいました。
しばらくすると、海から戻った一人の漁師が沖合いでヘルミアスを見たと伝えにやってきました。ヘルミアスは一頭のイルカに乗り、楽しそうに泳ぎまわっていたというのです。漁師が近づこうとすると、そのまま波間へと姿を消してしまったため、彼を連れ戻すことはできませんでした。
伝え聞いた人々はヘルミアスが生きているかもしれないと希望を持つと共に、イルカと少年の友情物語を疑わざるを得ませんでした。それからイアソスの人々は海に出る際、ヘルミアスとイルカの姿を一目見ようと注意して探すようになりました。
しかしある朝、浜辺に息絶えたヘルミアスが打ち上げられているのが発見されました。その傍らには漁師の目撃証言通り、一頭のイルカが寄り添うように横たわっていました。
人々は波に攫われたヘルミアスを助けたイルカは彼の友となり、海で楽しい日々を過ごしていたと解釈しました。しかし海での生活によって衰弱したヘルミアスを陸に帰したイルカは友の傍を離れることができず、自らも浜辺に打ち上げられて命を落としたのだと理解されました。
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このコインはイアソスに伝わる伝説を表現し、海と共に生きる都市としては日常的に使われるコインに相応しいモティーフです。
あえてイルカの上に跨るのではなく、寄り添うように共に泳ぐ姿にしているのも、海と人間の友情=共存関係性を示しているようです。
通常こうした物語は神話として語られ、神々の介在が入るのが一般的ですが、この物語は普通の少年とイルカの不思議で美しい友情物語として完結しています。地元に伝わる不思議な伝承を表現した例として、異質なギリシャコインといえます。
なお、ヘルミアスが海から帰り生き延びるパターンも存在します。
波に攫われたヘルミアスはイルカに助けてもらい、無事にイアソスへと送り届けられます。東方遠征中のアレキサンダー大王(*マケドニア王アレクサンドロス3世)がこの話を耳にし、ヘルミアスを自軍に同行させ、バビロンに建立した海神ポセイドン神殿の神官に任命したということです。
この話を基にすると、ヘルミアスの物語は紀元前4世紀後半の出来事と推定されます。コインに表現されるようになったのは紀元前3世紀半ば以降ですので、およそ100年を経て伝説として定着したということになります。
かつてのイアソス 現在のクイクシュラチクに建てられたヘルミアス像
現在もイアソスのあった地域では広く知られる伝説であり、時を超えて地元の人々に愛され続けています。トルコを旅行し、エーゲ海沿岸部を訪れる機会があれば、ぜひイルカに乗った少年の姿を探してみてください。
メジャーな観光地から外れた地域ではありますが、古代遺跡と美しい風景を見る価値は充分です。
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