こんにちは。
新年が始まって早一ヶ月が経とうとしています。時が過ぎるのは本当に早いものですね。お正月気分もあっという間に消えてしまいました。
昨今はオミクロン株の影響で感染者が増加し、また以前のような自粛傾向になりつつあります。今年は寒さが例年以上に厳しいこともあり、体調管理には一段と気をつけていきましょう。
せめて暖かくなる頃にはピークアウトして、落ち着いてくれていれば良いのですが・・・。
今回は「寅年」に因み、古代ギリシャ・ローマ時代のトラについてご紹介します。
古代ギリシャでは地中海や小アジアを通じてライオンやヒョウの存在が広く知られており、神話やそれに付随した芸術作品にも多く登場します。
しかし黒海よりも北方のシベリアや、ペルシア~インドなどに生息するトラは地理的な遠さもあり、その存在はあまり浸透しませんでした。
したがってトラを表現した古代ギリシャコインはほとんど無く、ライオンの地位には遠く及びませんでした。
カスピトラ
1899年ドイツのベルリン動物園で飼育されていた個体。ヨーロッパに最も近い地域に生息していた種であり、かつては黒海の北岸部=現在のウクライナでもみられました。毛皮などは海路を通じてギリシャにも輸出されていたと考えられ、存在そのものはかなり古くから認知されていたとみられます。
カスピトラはシベリアや東南アジアに生息するトラの亜種とされ、巨体と豊かな体毛が特徴です。ペルシアやインド、中央アジア、トルコの草原や山岳地帯にも分布していましたが、牧畜を守るため、毛皮や骨を採取するために乱獲され続け、数を減らしていきました。20世紀末に中央アジアで目撃されたのを最後に野生種は確認されておらず、既に絶滅したと考えられています。
ライオンに対してトラは東方=アジアを象徴する猛獣とされ、インドへ遠征した酒神ディオニソスの従者としても表現されています。ただしあまり馴染みがないせいか、よく似た色合いをしたヒョウが描かれる例が多くみられます。
不思議なことにコイン上に表現されたディオニソス神の象徴はほぼ「ヒョウ」であり、トラを表現したものは皆無である点は興味深く思われます。
この点は当時のギリシャ世界における毛皮の輸入・流通量がヒョウ>トラだった可能性も考えられます。
リュキアのトロスで発行されたスターテル銀貨(BC450-BC380)
表面はライオンの頭部(毛皮)、裏面はヒョウ。狛犬のように対に表現されています。
セレウコス1世のテトラドラクマ銀貨(BC305-BC295)
セレウコスが被る兜には、ヒョウの毛皮が使用されています。また首周りにもヒョウ柄の毛皮が巻きつけられています。
一方ローマ帝国では、拡大した版図と莫大な富を背景に、帝国の内外から多くの珍獣が生きたまま集められました。闘技場では剣闘士試合の他に、闘獣士(ベスティアリイ,動物相手に戦う専門の剣闘士)による動物狩りや罪人の処刑が行われ、観客の好奇心を満足させるため、猛獣たちが各地より連れてこられました。
虎狩りの様子 (5世紀頃のモザイク画)
猛獣を用いた処刑
ここでは俊敏で凶暴なヒョウが罪人を襲っています。
特に巨体で目立つ模様のトラはライオンに次ぐ人気があり、富豪たちの別荘に飾られたモザイク画にも多く登場しています。剣闘士とトラの闘い、異なる猛獣同士の闘いに当時の人々は熱狂しました。現代のような動物園が無い時代、異国の珍しい動物を生きたまま見られる貴重な機会でした。それにインスピレーションを受けた芸術家たちによって、リアルで動きのある作品が生み出されました。
ローマ帝国 シリア属州で作成されたモザイク画
パルミラ遺跡から出土したモザイク画
獰猛なトラを生け捕りにするすることは至難の業でした。しかし需要が高い分、毛皮よりはるかに高値で取引されることは確実です。輸送にかかるコストを差し引いても余りある利益が得られたことでしょう。
当時、熟練の狩人たちはまず子トラを捕らえて囮としました。母トラは我が子を取り返すため、馬に乗った狩人を必死に追いかけますが、そのまま船着場の船に誘導されてしまい、親子ともども捕らえられてしまうという手法です。そのため闘技場で供されるトラの多くはメスであり、子供のうちに飼いならされたトラは富豪のペットとしても売られました。
(出典:Winniczuk Lidia, Ludzie, zwyczaje i obyczaje starożytnej Grecji i Rzymu, PWN, Warszawa)
ロバを襲うトラのモザイク画
腹部にある乳房からメスであることが分かります。
生きたトラは高価な輸入品だったこともあり、簡単に殺されることは無かったと思われますが、それでも数多くのトラが捕獲され、ローマ人の娯楽のために消費されていたことは間違いないようです。闘技場で殺された後は、毛皮も再利用されたと考えられます。
2000年公開の映画『グラディエーター』でもコロッセオでトラが登場するシーンがあり、実際のローマでも似たような光景が繰り広げられていたことでしょう。
映画『グラディエーター』(2000年,アメリカ)
ローマやその属州で発行されたコインにも、トラが表現されている例はやはりみられず、ディオニソス=バッカスの聖獣としてはヒョウが配されました。
多くのモザイク画にも表現され、その姿形が一般化していたにも関わらず、ついにコイン上にお目見えする機会はありませんでした。
バッカス神とヒョウのデナリウス銀貨(BC42)
ミュシア属州のキジコスで発行された8アッサリア銅貨(2世紀末頃)
ディオニソス神の行列が表現されており、車を二頭の猛獣が牽いています。模様からヒョウと判別されますが、手前はトラかライオンのようにも見えます。
トラキア属州のセルディカで発行された5アッサリア銅貨(3世紀初頭)
ヒョウにまたがるディオニソス神が表現されており、独特なヒョウ柄もしっかり再現されています。表面はゲタ。
トラはコインには表現されませんでしたが、派手な毛皮は豪華な衣装として愛されていました。当時のモザイク画には獰猛なトラの姿が表現されており、力強さと東洋の神秘性を象徴するトラは、古代のギリシャ・ローマ文化でも重要な役割を果たしていました。しかし剣闘士試合が禁止されて以降、珍獣に対する需要は急速に衰えてしまい、生きたトラをヨーロッパまで輸出することはほとんどなくなってしまいました。中世のヨーロッパでは、書物や挿絵の中に描かれる、異国の猛獣の一種として認知されるようになったのです。
一方で中国やインド、東南アジアでは近場に生息する猛獣ということもあり、長く文化的影響を与え続けました。トラが生息していない日本でも多くの故事成語や慣用句に登場し、盛んに屏風絵などに描かれ、また干支の「寅年」でもなじみ深い動物になりました。
日本ではトラの逞しいイメージから、寅年生まれは力強く、生命力にあふれた人と云われているそうです。
寅年である今年が、活力に満ちた良い年になることを祈っております。
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