こんにちは。
寒波が日本列島を覆い、連日厳しい寒さが続いていますね。
新年がスタートして早一ヶ月、2023年の1月もまもなく終わりですが、くれぐれも健康管理には気をつけてください。
今回は「兎年」にちなみ、古代ギリシャのウサギのコインをご紹介します。
古代ギリシャにおけるウサギのイメージはイソップ童話『ウサギとカメ』にも描かれているように、身軽で俊足の小動物とされ、現代と大差の無いものでした。
しかしペットや家畜としての飼育は一般的ではなく、山野に生息する野生動物という認識だったようです。繁殖力が強いためしばしば畑を荒らす害獣と見なされ、猟犬を用いたウサギ狩りも広く行われていました。山野に入れば数多く見られる一方で、俊足で鳴き声を出さない(ウサギには声帯が無い)ため、武人による鍛錬を兼ねた狩猟としては格好の獲物だったのです。
ギリシャ文化において身近なウサギは、度々コインのデザインにも取り入れられました。特に有名なものは、マグナ・グラエキア(*イタリア半島~シチリア島のギリシャ人入植地)の植民都市レギオンとメッサナで発行されたコインでした。
シチリア島 メッサナ テトラドラクマ銀貨 (BC425-BC421)
レギオンはイタリア半島の南端近く、ブーツのつま先に位置する植民都市であり、現在のレッジョ・ディ・カラブリアにあたります。
紀元前493年、レギオンの僭主アナクシラスは対岸シチリア島の都市ザンクレ(現在のメッシーナ)に兵士を送り込み、海峡両岸の統一支配を目論見ました。紀元前490年には自ら軍を率いて海峡を渡り、ザンクレを支配することに成功します。
この時、自身のルーツでもあるギリシャ本土のメッセニアから新たな入植者を集めたため、都市の名を「メッサナ」に改称しました。
(※ギリシャのメッセニア地方はスパルタによる支配を受け、農奴的地位に置かれた住民による反乱が度々勃発していた)
レギオンによるメッサナ支配は30年に亘って続き、その間両都市では共通デザインのコインが発行されることとなりました。そのコインが冒頭でも紹介したウサギの銀貨です。
紀元前480年にアナクシラスはオリンピア競技大会においてラバのチャリオット競争で優勝し、これを讃える意味も込めて新たなコインを発行しました。
二頭のラバが牽くチャリオットの上には、勝利の女神ニケが飛来し、優勝を祝福しています。
反対面には飛び跳ねる野ウサギが表現され、躍動感に溢れています。周囲部にはメッサナで発行されたことを示す「MEΣΣANION」銘が配されています。
ウサギの下部に配されたイルカ、チャリオットの下部に配された二頭のイルカは、海峡両岸の二つの都市メッサナとレギオンを示しているとみられます。
左はレギオン、右はメッサナで発行。跳ねるウサギは全く同じですが、都市銘文はそれぞれ「RECINON」「MESSANION」となっています。文字が反転している点も共通しています。
コインに表現されたウサギは多産繁栄の象徴として、または戦車競走の優勝=俊足性を象徴する目的で表現されたと考えられます。
紀元前476年にアナクシラスが没すると息子たちがレギオンとメッサナを統治しましたが、短期間で僭主の座から追放されてしまいました。レギオンでの政治的混迷が続く中、紀元前461年にはメッサナが独立性を回復し、海峡両岸の都市は再び別個の都市となりました。
しかしレギオンの支配から解放された後もメッサナはかつての名称ザンクレに戻さなかったことから、アナクシラスが送り込んだメッセニアからの入植者たちは去ることなく、この地に定着したと考えられています。
興味深い点は、レギオンにおいてウサギ/チャリオットのコインはアナクシラス~息子の統治下でのみ発行されたのに対し、メッサナでは独立を回復した後も作られ続けていたことです。ウサギのコインは紀元前396年にカルタゴ軍の侵攻と破壊を受けるまで、細部を徐々に変化させながらも80年以上にわたって発行されました。
かつてアナクシラスの偉業を讃える記念品として発行されたコインは、シチリア島の都市メッサナの象徴的コインとして定着しました。この点からも、新たに入植者として送り込まれたメッセニア人たちが、同郷にルーツを持つアナクシラスを支持し続けていたことが伺えます。
ギリシャ本土でテーバイとスパルタの対立が深まった紀元前370年頃、マグナ・グラエキアに離散していたメッセニア人たちはテーバイの指導者エパミノンダスによる呼びかけに応じてメッセニアに帰郷し、スパルタから独立して新都市メッサナを建設しました。この同名の新都市で発行されたコインにはウサギが表現されていないことから、ウサギはメッセニアの象徴ではなく、アナクシラス個人に帰属する意匠だったものと推察されます。
テーバイとスパルタの攻防の経緯・背景はこちらの小説で詳しく描かれています。
テーバイの将軍エパミノンダスとペロピダスー古代ギリシア英雄伝
著者:竹中愛語
出版社:幻冬舎
発売日:2023年1月17日
※表紙をクリックするとAmazonの詳細ページにリンクします。
紀元前4世紀、スパルタとアテナイを退けてギリシャの覇権を得た都市国家テーバイの歴史を、実在した英雄エパミノンダスとペロピダスの友情を通して描く歴史小説です。著者はお世話になっているお客様で、普段は京都の大学で東洋史・古代ギリシャ史を研究されています。表紙のイラストに描かれた円盾は、弊社で御買い上げいただいたテーバイのコインに着想を得てデザインされたそうです。
テーバイが短期間ギリシャの覇権を得たことは高校世界史などでも触れられていますが、ペルシア戦争やペロポネソス戦争等と比べるとその言及はごく僅かであり、詳細な背景は省かれることが多いようです。今作品ではテーバイの興隆にスポットを当て、マケドニア王国勃興前夜のギリシャを把握する上で貴重な一冊にもなっています。主人公であるエパミノンダス、ペロピダスを軸に物語は進み、王子時代のフィリッポス2世をはじめとする個性的な人間模様、都市国家間の外交的駆け引き、臨場感溢れる戦闘描写を通してドラマティックに描かれた小説です。
2400年前の物語を血の通った人間ドラマとして追体験できる、古代ギリシャ史に関心のある方にはオススメの新刊です。
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