こんにちは。
梅雨明けしてから一気に猛暑の毎日です。毎年危険な暑さは当たり前になっていますが、熱中症のような命に係わる事態は避けたいものです。
晴天時は日差しが強く、外出時は目や肌を守る対策も必要です。ここまで暑いと、外でのレジャーすら命懸けですね。なんとか今年の夏も乗り切っていきたいです。
今回は古代ギリシャの天罰の女神ネメシスのコインをご紹介します。
ネメシスはギリシャ神話でも比較的マイナーな女神のため、コインに表現された例も少ないのですが、人間世界にとっては大変重要な役割を持つ神とされていました。
ネメシス女神像
運命を象徴する車輪を持ち、罪人を踏みつける姿
ヘシオドスの『神統記』の記述によれば、原初の神々のひとつであるニュクス(=夜)は多くの子を産み、それらが人間の在り様を運命づける概念となりました。
ヒュノプス(睡眠)、エリス(不和)、アーテー(迷妄)、モイラ(運命の三女神=クロートー,ラケシス,アトロポス)が娘たちであり、その内のひとつがネメシスでした。
ネメシスはもともと「分配者」を意味し、人間の運勢を再分配する女神と捉えられていました。やがて人間の傲慢や思い上がり、無礼な行いに対する神々の怒り=天罰を下す存在へと役割を発展させました。
その姿は勝利の女神ニケのように背翼を持つ若い女性像として表現されています。コインや残されている図像では様々な象徴物を持ち、あまり一貫性がありません。ギリシャ~小アジアの諸都市で崇拝されていましたが、都市によってその性質も異なります。
コインの場合はクラウディウス帝時代のローマでみられますが、他の皇帝のコインにはほとんど表現されていません。また、属州統治下の小アジアで僅かな例があるのみであり、比較的希少な存在です。
ローマ帝国 AD51-AD52 デナリウス銀貨
表面にはクラウディウス帝、裏面には背翼を広げるネメシス女神像。キトンの端を摘まみ、左手で伝令使の杖カドゥケウスを携えています。足元には蛇が配され、女神の行く手を先導しています。銘文から平和の女神パックスと合一した姿とされています。
イオニア スミルナ AD54-AD59 青銅貨
表面には皇太后アグリッピナと息子ネロ帝、裏面にはネメシスの立像が表現されています。同時代のローマ本国で発行された上のコインと全く同じ構図で表現されています。
フリギア ヒエラポリス AD100-AD225 青銅貨
表面には医術神アスクレピオス、裏面には有翼のネメシスが表現されています。しおらしく右手でキトンの端を摘まみながら、左手で馬の轡を持っています。轡は悪を戒め、力を押さえつけて制御する象徴と見做されました。
イオニア スミルナ AD128-AD132 キストフォルス銀貨
表面にはハドリアヌス帝、裏面には二人のネメシス女神像が表現されています。背翼はありませんが、ヒエラポリスの青銅貨と同じくキトンの端を摘まみ、馬の轡を持っています。
二人の女神像はスミルナでの独特なネメシス崇拝を象徴し、女神の二面性(=恩恵と懲罰)を示しています。
起源の古い神でありながらその神話は少なく、人間的な要素が強い他の神々とは異なり、具体的な性質を伺わせるエピソードは限られています。
特徴的なエピソードは、ゼウスが美しいネメシスを見惚れて迫り、それから逃れるためガチョウに変身したところ、ゼウスは白鳥に変身して交わったというものです。その際にネメシスが産んだ卵からは双子神ディオスクロイ(=カストルとポリュデウケス)と、後にトロイア戦争の原因となる美女ヘレネが誕生したとされています。
(*別パターンではスパルタ王妃レダがゼウス=白鳥と交わり卵を産む。前述のパターンでは卵はレダに預けられ、生まれたヘレネを育てる)
またナルキッソスを狂わせて自己愛に陥らせたり、アウラをディオニソスに襲わせたのもネメシスの仕業とされました。
神話の物語性は少ない一方で、女神本来の役割は重要視されていました。
幸運の女神テュケ(ローマ名:フォルトゥナ)は縁起の良い福の神とされ、時代や地域を問わず人気がありました。一方で気まぐれな女神とされ、人間性の善悪を問わず、その時々に気に入った者に幸運を与えると云われました。
ために不正直不遜でありながら運に恵まれ、正直誠実でありながら報われない人がいるとされたのです。
セレウケイア BC100-BC99 4ドラクマ銀貨 テュケ女神
テュケ女神はフェニキア地方(*現在のシリア~レバノンの沿岸部)で特に信奉され、都市の守護神として城塞冠を被る姿でコインに表現されました。
その際に調整を加えるのがネメシスであり(*テュケの姉とされる例もある)、テュケが気ままに幸運を与えた人間が、恩恵に感謝することなく奢り高ぶっていると、その幸運を取り上げ、代わりに罰を下すと考えられました。
そして取り上げた幸運は見過ごされていた誠実な者に与え、世の中のバランスを保つとされていました。
ただ無慈悲に天罰を下すだけでなく、ネメシス本来の役割である「再分配」の性質が、神々の勧善懲悪、正しい行いへの褒賞として期待されたようです。
天罰を与えるという役割は、人間が見えない神々の存在を意識し、誠実さを重んじる社会を維持する上にも必要だったのでしょう。その役割は時代を経た現代人にも理解でき、古来から人間の価値観や概念がさほど変化していない証に思われます。
『正義と懲罰に追われる罪人』
1808年にパリ刑事法廷の壁を飾るためピエール=ポール・プリュードンによって作成(*現在はルーヴル美術館所蔵)。殺人を犯した盗賊が、正義の女神ユースティティア(またはテミス)とネメシスに追われている姿。ネメシスは剣と轡を手にしています。
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