こんにちは。
2月も終わりに近づき、段々と暖かくなってまいりました。梅や河津桜があちこちで咲き始め、春の足音を感じます。
今回は古代ローマ帝国で流行したコインジュエリーについてご紹介します。
現代でもコインを使用したペンダントやリング、ブレスレットなどのジュエリーは人気がありますが、古今東西コインをジュエリーの素材として用いる文化は広く見られました。
西洋でコインジュエリーが定着したのは、2000年前のローマ帝国からだと考えられています。初代皇帝アウグストゥスは古代ギリシャのコインを趣味的に収集していたと伝えられることから、既にこの時代にはコインが経済的意味だけでなく、歴史・文化・デザインの面から評価されていたことが窺えます。
アウグストゥス帝のデナリウス銀貨を使用したペンダント
(大英博物館所蔵)
2世紀の五賢帝時代、ローマ帝国は安定的な繁栄によって市民生活にも余裕ができ、貴族や富裕層の間で華美な装飾が流行しました。より手軽な色ガラスや色石、輝石、カメオを使用したブローチなどは幅広い階層で用いられましたが、より富裕層は金を用いて存在感を示したのです。こうしたジュエリーの着用は男女を問わず、メダルや勲章など政治的な意味合いを持つ記念品も多く作成されています。
ジュエリーの素材として最も人気があったのは金でした。現代以上に金の採取が難しくコストがかかり、また経済的な資材としての役割が大きかった金は、身に着ける資産としても重要であり、着用者の社会的地位と経済力を誇示しました。
貴重な素材を加工する彫金技術は、現代の進んだ技術力と比べても非常に高度でした。コインという小さな素材に枠を巻き、周囲に輝石をはめ込む技術は、照明すら不完全な2000年前の工房を想像すると驚異的な技術です。
デキウス帝のアウレウス金貨を使用したペンダント
裏面の縁は伏せ込み型の金枠になり、周囲には縄目紋様の装飾枠が追加で巻かれています。
セプティミウス・セウェルス帝のデナリウス銀貨を使用したペンダント
上図の金貨と同じように伏せ込み型の枠が巻かれています。金具がつけられていた位置から推定すると、裏面(=月と星)を表面にして使用していたとみられます。
表面と裏面から銀枠を重ね合わせており、コインの大きさに合わせた二つの枠を作製⇒貼り合わせていたことが分かります。
ジュエリーにコインが使用されている点は、その作品の制作年代を推定するのに非常に役立ちます。現存しているコインジュエリー、特に金貨を用いたものの多くは3世紀以降に造られています。
フィリップス・アラブス帝のアウレウス金貨を用いたブローチ
(3世紀後半に作成か, 大英博物館所蔵)
金の安定的な供給によって金貨の発行数が増えても、その多くは資産として退蔵されたり、東方との交易決済用として国外に流出していました。そのため金貨を用いたジュエリーがどれほど贅沢な装飾品だったか、想像に難くありません。ローマ人にとってジュエリーは単なるおしゃれとしてではなく、資産の保全であり、また護符(お守り)として一生身に着けるものでした。そのため貴重な金貨をジュエリーに加工することも抵抗は無かったかもしれません。
しかし当時のコインジュエリーと現在のコインジュエリーについて決定的に違う点は、ローマ時代のコインに表現された皇帝・皇妃たちはリアルタイムの権力者だった可能性が高い点です。
一般的に金貨のジュエリーを身に着けていたのは高位の人物だったと考えられており、一説には現皇帝に対する忠誠を示すための意味もあったとされています。
現存するコインジュエリーの多くが、豪奢で一族専制的なセウェルス朝以降に作成されていることから考えても、決して無関係でないように思われます。使用されているコインだけでなく、それらを用いた作品も時代の空気を反映させています。
エラガバルス帝のアウレウス金貨を使用したペンダント
フランスのボーレン, またはアラスで出土。発見時は8つの金貨ペンダントとセットになっており、他にハドリアヌス帝、小ファウスティナ妃、コンモドゥス帝、カラカラ帝、ユリア・ドムナ妃、ポストゥムス帝のアウレウス金貨が使用されていました。
政治的なアピールや宗教的な意味合いもさることながら、コインに美術的価値を見出していた点は、現代人との感性の共通を感じさせます。輝石や貴金属、カメオと並んでコインもジュエリーの素材として用いる文化は、帝政時代の古代ローマで定着したといえるでしょう。
現在作成されているコインジュエリーも、今後は貴重な作品として評価される日がやってくるかもしれません。職人による手作業の工芸作品である点もさることながら、電子決済・キャッシュレスの時代におけるコインの存在義について、後世に形として伝える意義もあると考えられます。また、金を常日頃から身に着ける資産保全性は、古代も現代も、そして将来も変わらないでしょう。
コインジュエリーは「貨幣」として生み出されたコインを装飾品に生まれ変わらせた芸術作品です。古代ローマ人のようにお守りとして、身に着ける資産として大切にする精神を重んじたいと思います。
《古代ギリシャ・ローマコイン&コインジュエリー専門店》
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