こんにちは。
ほぼ2ヶ月ぶりの更新で、何を書けば良いのか分かりませんが、前回酉年ということで「鳥のコイン」をご紹介しました。
しかしその際は古代ギリシャと近現代コインは言及しましたが、「古代ローマ」のコインについては全く言及できておりませんでした・・・。
ということで前回の続編のようになってしまいますが「古代ローマの鳥コイン」についてもご紹介したいと思います。
古代ローマのコインには様々な神が表現されており、バラエティも豊富なのですが、意外と「鳥」の種類は少ないように見受けられます。
動物はライオン、イノシシ、馬、象、アンテロープ、カバ、ブタ、犬、イルカなどその時々によって多種多様なのですが、鳥は特定のものが何度も採用されています。
それは大鷲と孔雀です。
BC49年 デナリウス貨
(ポンペイウス派の軍勢が布陣していたバルカン半島 デュッラキウムで発行)
表面には大神ジュピター(ユーピテル)、裏面にはイルカと大鷲が表されています。
英語名ジュピター、ラテン語では「ユーピテル」と呼ばれるこの大神は、ギリシャ神話のゼウス神と同一視された最高神です。
そしてそのゼウス神の化身であり聖鳥とされたのが、力強い「大鷲」でした。そのため、ローマコインでもジュピター神が採用されたコインには、その関連として大鷲が刻まれたようです。
帝政時代になると、大鷲は「ジュピター神の聖鳥」としての性質を変え、より政治的な意味を持つようになります。
神格化されたローマ皇帝の象徴としてコインに刻まれたのです。
AD180年 デナリウス銀貨
上のコインはマルクス・アウレリウス帝が崩御した年、亡き皇帝が神に列せられたことを記念して造られました。裏面には今にも羽ばたこうとする大鷲が表現されています。
大鷲はローマ皇帝の象徴であり、大神ジュピターを連想させるものとして、軍事的成功を讃えるモニュメントなどに取り入れられていました。しかし各時代の皇帝が通常発行したコインは、ほぼ一貫して表面に自らの肖像、裏面には特定の神・女神の像を表現していました。
単体で大鷲だけが表現されたコインとしては、こうした皇帝神格化記念のものが特徴的です。
ローマ皇帝は崩御すると、その魂は大鷲の背に乗せられて天界へと運ばれ、そこで神々の祝福を授かると信じられていました。そのため、大鷲は皇帝たちの信仰にとっても重要な意味を持つ鳥だったのです。
地域性では当時のシリア属州で発行されたものに大鷲が表現されています。
AD60年~AD61年 シリア属州 テトラドラクマ銀貨 ネロ帝
AD96年~AD97年 シリア属州 テトラドラクマ銀貨 ネルヴァ帝
AD212年~AD213年 シリア属州 テトラドラクマ銀貨 カラカラ帝
シリア属州で発行されたテトラドラクマ銀貨には、表面に皇帝の肖像、裏面には大鷲が表現されています。大鷲は月桂樹のリースを咥えていたり、ゼウス神の武器であるケラウノス(稲妻)を掴んでいたりすることから、ゼウス神の聖鳥としての性質が強いように見受けられます。
このスタイルは、ローマ征服以前のセレウコス朝シリアで発行されていたコインを踏襲したものであり、セレウコス朝時代にも大鷲のコインが発行されていました。ゼウス神の大鷲はセレウコス朝の象徴だったと考えられますが、征服後に現地民の文化と社会に適応させたローマはそのまま継承しているのです。
大鷲のほかに登場したローマコインの鳥は、美しい羽で知られる「孔雀」です。
AD161年~AD175年 デナリウス銀貨
上はマルクス・アウレリウス帝の皇妃ファウスティナのコイン。裏面には女神ジュノー(ユーノー)が表現され、その足許には一羽の孔雀が控えています。
ジュノー(ユーノー)はギリシャ神話の「ヘラ」に相当する女神であり、天界の女神達の女王とされています。その夫はゼウス神です。そしてジュノー=ヘラ女神の聖鳥がこの「孔雀」とされていました。
大神ジュピターの聖鳥である大鷲がローマ皇帝の象徴ならば、その妻である女王神ジュノーの孔雀は皇妃の象徴ということです。
ジュノー女神は女性、妻たちの守護女神とされ、ローマ帝国皇妃にとっても守護女神でした。このファウスティナのコインのみならず、孔雀が表現されたコインはいくつかあります。そしてそれらの肖像は、常に皇妃たちでした。
皇妃も崩御すると、夫である皇帝のように神格化されることがありました。その際、皇妃の魂は孔雀が天界まで送り届けるとされていたのです。
孔雀は本来インドなどアジア原産の鳥でしたが、その美しい容姿と意外にも丈夫な性質から、古代よりヨーロッパにも輸入されていました。特にローマでは富裕層の間で大人気となり、羽は装飾品に、肉は珍味として饗宴に上りました。当時の貴族の邸宅のモザイク画にも、孔雀の姿が残されています。当時の東西交易がもたらした文化的な影響は、コインのデザインにも表されたのです。
また孔雀は羽を大きく扇状に広げる特性から、後の時代のコインにも度々表現されてきました。
19世紀ビルマのチャット銀貨と17世紀スペイン領ネーデルラントのエスカリン銀貨
特に1852年にビルマ(ミャンマー)で発行された銀貨は「孔雀のコイン」として人気が高く、現在でもコレクターの間で取引されています。
また19世紀当時はエナメル加工が施され、ブローチなど装飾品としても利用されました。その羽部分にいかに細かく彩色できるかが職人の腕の見せ所だったのでしょう。
尚、古代ローマ帝国ではキリスト教化が進むにつれ、コインの様式も固定化されたものとなり、鳥や動物をあまり表現しなくなりました。この傾向は中世の東ローマ帝国(ビザンチン)やヨーロッパ地域にも受け継がれ、様式化された人物像や銘文がコインデザインのメインになっていきました。
その後、現代のように鳥や動物達がコインの上に戻ってくるのは、古代ギリシャ・ローマ文化が見直されたルネサンス期以降になります。
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