こんにちは。
今年の8月は前半が雨模様で、まるで梅雨のようなお天気でした。今では猛暑が戻ってきたこともあり、ようやく例年の夏らしさを感じます。
今回は古代ローマコインで人気のある女神「アバンダンティア」についてお話したいと思います。
帝政時代のローマコインは、表面が皇帝などの人物像、裏面が神々の立像や坐像といった、パターン化した様式が定着していました。今でもこの時代のコインを集める方は、表面の皇帝像で選ばれる方が多いのではないでしょうか。
しかし、その中でも皇帝像ではなく、裏面の神様で購入される方もいらっしゃいます。軍神マルスや知恵の女神ミネルヴァ、医神アスクレピオスなど人気のある神様は多いのですが、実はそれ以上に求められている女神像があります。富と豊穣の女神「アバンダンティア」です。
アバンダンティア(Abundantia)は富と豊穣を齎す女神として、古代ローマでも特に人気のあった女神像のひとつでした。
資産や投資、貯蓄を守護し、成功や繁栄、金銭的豊かさを齎すと共に、富裕を象徴する女神として知られていました。しかしアバンダンティア独自の神話やエピソードは見られず、豊かさの寓意(アレゴリー)としてみなされています。英語の「Abundance (豊富、豊かさ)」は「Abund (満ち溢れる)」の派生語ですが、アバンダンティアはそうした言葉や概念を具現化した女神像だと思われます。
そのためアバンダンティアは後世のヨーロッパ、ルネサンス期やバロック期、ロココ期の芸術にも度々表現されています。上記の絵画は1630年頃、ルーベンスによって描かれたアバンダンティア女神像であり、東京・上野の国立西洋美術館に収蔵されています。
近代絵画に表現されたアバンダンティア女神は多くの場合「コルヌ・コピア」と呼ばれる豊穣の角を携え、その口から果物や穀物を注ぎだす姿で表現されています。この場合は「豊穣」をテーマとし、実り豊かな生活や生産性、安定した豊かな暮らしへの願いを象徴しているようです。
コルヌ・コピア(Cornu Copiae) 「豊穣の角」
ギリシャ神話の大神ゼウスは幼い頃、アマルティアという牝山羊によって育てられたとされています。アマルティアは自らの角をゼウス神に与えると、そこから酒や果物、花や宝石、金銀などの恵みが無限に溢れ出続けたと云われます。そこから西洋では豊かさ、恵みの象徴としてコルヌ・コピアが定着しました。日本の「打ち出の小槌」や「塩吹臼」によく似た性質の神器です。
古代ローマ時代のコインに表現されたアバンダンティア女神像も、例外なくコルヌ・コピアを携えています。しかしそこから注ぎ出されているものは花や果物、穀物よりも、多くの場合「コイン」でした。
エラガバルス帝時代のデナリウス銀貨
立姿のアバンダンティア女神は両手でコルヌ・コピアを抱え、その口から大量のコインを注ぎ出しています。周囲部には女神の名銘「ABVNDANTIA AVG (アバンダンティア女神)」が刻まれています。
座像など多少表現のバラエティはみられますが、類似の構図で表現されたアバンダンティアのコインは他の皇帝の時代にも見られ、ある程度一般化したイメージだったとことが分かります。
マルクス・アウレリウス帝のデナリウス銀貨
デキウス帝のアントニニアヌス銀貨
古代ローマの人々にとって、アバンダンティアは豊穣の女神であると共に、「金銭」「富」を齎してくれる大変ありがたい女神というイメージが定着していたのでしょう。
この時代にコイン上のデザインとしてコインそのものが表現されること自体、稀有なことでした。それだけローマ帝国の社会では貨幣経済が浸透し、蓄財や富といった認識が成熟していた証なのかもしれません。
今尚、このアバンダンティア女神が表現されたコインは欧米のローマコイン収集家の間で人気があり、オークションでも比較的高い値で落札されています。表面の皇帝に人気が無くとも、裏面によって評価されている珍しい事例です。コインをコレクションしていなくとも、お守りやパワーアイテムとして求める方も少なくはありません。
古代ローマ時代も現在も、金銭に対する認識や富への憧れは変わらないような感じがいたします。
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