こんにちは。
11月も半ばに入り、すっかりと寒くなって参りました。
今回は古代ギリシャ、アテネの名品コイン「フクロウコイン」についてお話したいと思います。
先日いらっしゃったお客様から、フクロウのコインにみられる「第三の目」についてお話していただきました。その際にお客様から教えていただいたことを踏まえながら、ご紹介いたします。
「フクロウコイン」とは古代ギリシャを代表するコインの一つであり、アッティカ地方の都市国家アテネで発行されたテトラドラクマ(=4ドラクマ)銀貨を指します。
BC485-BC480
BC465-BC454
BC465-BC454
BC454-BC404
BC353-BC294
BC136-BC135
紀元前5世紀~紀元前1世紀という長期間にわたって発行されたフクロウコインは、そのデザインの変遷から時代を読み解くことが可能です。表面には守護女神アテナの横顔像、裏面はアテナの聖鳥フクロウという組み合わせは、基本的に変化することはなく、その表現様式が変化しています。
紀元前5世紀半ばのアテネはペルシア戦争の勝利を主導したことで、ギリシャ世界の覇権を握るようになっていました。同時期の指導者ペリクレスの下、アテネは周辺都市国家を包括した「デロス同盟」の盟主となり、「アテネ帝国」と形容されるほどの繁栄を誇っていました。
この時代に造られたタイプのフクロウコインは、アテネの繁栄を象徴するコインでした。圧倒的な経済力を背景に大量に造られたこのコインは、高い銀品位と優れたデザイン性によって多くの都市で受け入れられ、今なお根強い人気を誇っています。一般的に「ミネルヴァのフクロウ」といえば、このモティーフをそのままイメージする方も多いのではないでしょうか。
特に今回注目したいのは、紀元前5世紀半ば~紀元前3世紀頃に造られたフクロウコインです。この期間に造られたフクロウコインの特徴の一つが、フクロウの額部分にある小さな突起物、通称「第三の目」です。
フクロウの大きな目の上に、小さなほくろのような球体が確認できます。この特徴は他の型のコインでも見られることから、毛並みの一部として表現されているものではなく、意図的に付けられていることが分かります。
不思議なことにこの球体は、ペリクレスの時代より前のコインと、アテネがローマの支配下に入った後に造られたコインには見られないのです。この第三の目はなぜ付けられたのか?多くの謎を残しています。
※尚、左上に表現された「小さな三日月」はフクロウの夜行性を象徴しているという説がある一方で、ペルシア戦争中の紀元前480年に勃発した「サラミスの海戦」が新月(二十六夜)の直前に行われていることから、海戦勝利を記念しているという説もあります。
「額にある第三の目」として連想されるのが、古代インド ヒンドゥー教などで登場する「第六チャクラ(アージニャー・チャクラ)」です。チャクラとは人間が本来持っている感覚を表したものであり、視覚や聴覚、嗅覚などが該当します。そして五感を超えた先にあるとされる感覚、通称「第六感」ともいわれるものが第六チャクラだとされています。全てを見通す感覚(直感、勘、高度な思考、本質を見抜く洞察力)とされるこのチャクラは、眉間の奥に位置すると考えられてきました。
ヒンドゥー教の神シヴァの物語では、シヴァの妻であるパールヴァティーが戯れに夫の目を後ろから両手で塞いだところ、額から「第三の目」が現われたとされています。その為、シヴァ神の像は額に第三の目が加えられています。現代でも目を三つ持って生まれた奇形の子牛が、シヴァ神の生まれ変わりとして神聖化されることがあるそうです。
第三の目という考え方は古代インドでは広く認識され、仏陀の額にある「白毫」は毛が収縮したものですが、この第六チャクラ思想が大きく関係しているとされます。
ガンダーラ様式の仏像。眉間に「白毫」が確認できます。シヴァ神と異なり目ではありませんが、全てを見通す第六感を象徴しているとされます。
また古い中国医学では眉間部分のツボを「天目」といい、インドと同じく天上の神の目と捉えられていたようです。
古代エジプトでも「全てを見通す知恵の目」「第三の目」という考え方があったようです。
エジプトの天空神ホルスの両目はそれぞれ「月」と「太陽」を象徴し、月を象徴する左目は「ウジャトの目」と云われ、全てを見通す叡智を持つとされていました。ホルス神がセト神と戦った際、ウジャトの目はホルスの体から離れてエジプト全土を旅し、後に知恵と月の神トートによってホルスに戻されたという伝説があります。このことからウジャトの目は月を象徴し、叡智や再生、回復といった効能が期待されたのです。
ちなみにウジャトは本来、コブラの姿をした女神を示す名です。蛇は暗闇でも獲物を捕えられるよう、「ピット」と呼ばれる器官が備わっており、その器官で熱を感知して赤外線によって形を認識できるようです。そしてそのピット器官は目と鼻の間にある小さな穴だそうで、やはり「第三の目」と称されているそうです。
このように見ると、眉間にあるとされる第三の目は「第六感」「叡智」「全てを見通す目」いう共通認識があるようです。そしてギリシャ神話のアテナ女神は「知恵の女神」として知られています。その従者であるフクロウの眉間に第三の目が備わっているのは、単なる偶然ではないようです。
コインに表現されている「新月」は満ち欠け、回復の象徴とも解釈できます。このことから、ホルスの目を回復させた知恵と月の神トートを連想させます。フクロウがアテナ女神の従者に選ばれたのは、女神が休む夜になってから空を飛びまわり、その間の出来事を朝アテナに報告するから、という伝承があります。このことも、ホルスの左目がエジプトを旅して知見を得た流れと似ているように思います。
こうした神話の類似性から、フクロウの第三の目は古代インド~古代エジプトの影響が反映されているのでないか、と考えられます。
ただ、なぜこの目が最盛期の紀元前460年前後に登場し、ローマ時代の紀元前2世紀に消えたのか、またどのような経緯で当時のインドやエジプトの文明とアテネが接触を持てたのか、その背景は不明な点が多いです。
世界中の人に知られたコインでありながら、まだまだ謎を秘めているフクロウコイン。2400年以上昔のミステリーに考古学者のように思いを馳せ、想像力を掻き立てさせてくれるこのコインは、本当に魅力が尽きない古代遺産だと思います。
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