こんにちは。
いよいよ12月も残すところあと僅か。例年よりも寒い日が続いていますが、御自愛いただき楽しい新年を迎えていただきたく思います。
寒い日、年末年始のお休みには、お家の中でゆっくり本を読むのも良いですね。
先日、塩野七生女史の最新作『ギリシア人の物語 Ⅲ』(新潮社)がついに発売となりました。
今回は三年にわたって続いた『ギリシア人の物語』シリーズの最終巻であり、塩野さん自身、歴史長編では最後の作品であると明言しています。
本作はマケドニア王国の大英雄 アレキサンダー大王(アレクサンドロス大王)が主人公であり、この若き英雄の生涯と足跡を辿る壮大な物語になっています。塩野女史は多数の歴史書を読み込み、長期間調査を行ったうえで自分なりの考察、推考を行って執筆されているので、物語としてだけでなく一つの歴史書としても読ませる一冊になっています。
古代世界史に興味をお持ちの方も、ギリシャコインを収集している方にとっても面白い内容だと思います。父王フィリッポス2世や、アレキサンダー大王が発行したコインについても言及されています。この冬ぜひ手にとってお読みいただきたい一冊です。
・新潮社『ギリシア人の物語 Ⅲ』特設ページ 塩野女史インタビュー映像
ワールドコインギャラリーでもアレキサンダー大王のコインを多数扱っております。
こちらもご覧いただければ幸いです。
・「アレキサンダー大王コイン」 特設ページ
さて、今回は来年が幸先の良い年になるように、「幸運の女神」について書いていきたいと思います。
古代ギリシャ・ローマコインには数多くの女神が表現されてきましたが「幸運の女神」とされたテュケとフォルトゥナも頻繁に表現されています。
もともとテュケ女神は地中海の東方地域で広く信奉されていた神であり、小アジア南部やフェニキアの諸都市では守護女神として受け入れられていたようです。
シリア、アンティオキア市の守護神としてのテュケ女神を表現した像。女神の足下にはアンティオキア市を流れるオンテロス川の神が泳いでいます。紀元前3世紀にエウテュキデスが作成したブロンズ像とされ、その後ローマにコピーが作成されました。
その姿は城塞の形をした冠をいただく姿として表現され、そのままコインのデザインとして取り入れられたのでした。
ドラクマ銀貨 小アジア アミソス BC400-BC350
フェニキア アラドス テトラドラクマ銀貨 BC89-BC88
セレウコス朝シリア セレウキア テトラドラクマ銀貨 BC100-BC99
セレウコス朝シリア アンティオキア テトラドラクマ銀貨 BC162-BC154
セレウコス朝シリアが滅亡し、地中海東方地域がローマの勢力圏に収まると、テュケ女神は「フォルトゥナ(運命)」の名で広く受け入れられるようになりました。現在の英語の「フォーチュン(fortune)」にも連なる意味合いです。フォルトゥナは運命を司り幸運と好機をもたらしてくれる女神として、また「運命」そのものの象徴として、個人から国家のレベルに至るまで認識されてゆきました。
ヴァティカーノ美術館が所蔵するこの像は、ローマ外港オスティアで奉られていたフォルトゥナ女神像であり、古典ローマの服装を纏った高貴な婦人のように表現されています。右手で舵を支え、左手でコルヌ・コピア(豊穣の角)を抱えています。
ローマ時代に確立されたフォルトゥナ女神のイメージは、恵みと豊穣を象徴するコルヌ・コピアを持ち、一方の手で舵を握る姿です。舵は運命の流れを変える意味を持ち、また人間の「人生の舵をとる」のは他ならぬ「運命」であるとされたからでした。
ローマの近郊ではプラエネステ(現在のイタリア中部 パレストリーナ市)にフォルトゥナを奉る神殿が存在しました。紀元前2世紀頃に建設されたこの神殿には神官がおり、「プラエネステの神託」と呼ばれる神秘的な文字によって回答する神託所があったと伝えられています。
フォルトゥナはローマ国家にとっても重要な女神像とされ、歴代の皇帝たちは黄金のフォルトゥナ女神像を代々引き継ぎ、寝所など身近に安置したとされています。
五賢帝の一人アントニヌス・ピウス帝は崩御する直前、黄金のフォルトゥナ女神像を自らの枕元から、後継者マルクス・アウレリウスの寝所に移すよう側近に指示したとされ、これがアントニヌス・ピウス帝の最後の命令となった、と伝えられています。
そのため各皇帝の時代に発行されたコイン裏面にも、頻繁にフォルトゥナ女神の像が表現されました。また東方の属州の都市でも、現地通用のコインにはフォルトゥナ(現地ではテュケとして)がデザインとして採用されていました。
アウグストゥス帝 シリア属州アンティオキア発行 テトラドラクマ銀貨 BC4-BC3
大ファウスティナ妃 デナリウス銀貨 AD147-AD161
小アジア アレクサンドリア・トロアス AD253-AD268
※帝政ローマ時代、主に小アジアの都市で発行された銅貨の内、皇帝や皇族を表面に刻まず土着の神や女神を打ち出したタイプのコインを「Pseudo-autonomous(擬似自治)」と称します。
ローマで人気のあったフォルトゥナ女神は様々な芸術作品において、「運命」の寓意として表現されました。その過程でフォルトゥナは幸運と好機をもたらす側面がある一方で、一つのところに落ち着かない、移り気な性格の女神であるとされました。
幸運を与える人間の性質を問わず、女神が気に入った人間に好機を与えることもあれば、気まぐれに奪い去ることもあると云われたのです。人間にとって「運命」は自分の意志だけでは思い通りに行かず、先行きが分からないものであるが故、その女神もまた御しがたい存在であると捉えられたのでしょう。
ローマ時代以降、特に近代に表現されたフォルトゥナ女神は目隠しをされていたり、不安定なことを象徴する球に乗せられている例が見受けられるのはそうした背景があるのです。
フォルトゥナ (タデウツ・クンツェ作 1754年 ワルシャワ国立美術館)
読者の皆様は本年も1年間、このブログにお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
2018年/平成30年も皆様にとって良い年になりますよう、幸運の女神に気に入られて、素晴らしい一年になりますよう、心よりお祈り申し上げます。
来年も何卒よろしくお願い申し上げます。
P.S. 来年1月27日放送予定のNHK-BSドキュメンタリー番組『グレートネイチャー』で、ワールドコインギャラリーで撮影されたローマコインが放送される予定です。ほんの一瞬ですが、もし機会がありましたらぜひご覧下さい。
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