寒さ厳しい今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?
全国的にインフルエンザが大流行しているようですので、何卒お気をつけ頂きたく思います。
さて、2019年最初の更新は、今年の干支「亥」にちなんで、「イノシシ」のコインをご紹介します。
日本人にとってイノシシは山野に生息する野生動物として見慣れており、牡丹鍋など冬の味覚としても広く認識されています。
イノシシはブタの祖先であることから世界に広く生息しており、古代のギリシャ人やローマ人にとっても身近な動物のひとつでした。紀元前後の長い時代を通して、イノシシはコインのデザインとして登場しています。
今回は古代ギリシャ時代に造られたコインの中の「イノシシ」たちをご紹介します。
レスボス島 ミティリーニ BC521-BC478 ヘクテ貨
小アジアから始まったコイン製造の文化がいち早く伝播したレスボス島。この島で小さなエレクトラムコインが盛んに造られ、様々なモティーフが表現されました。このコインでは翼をはやしたイノシシという、ユニークなモティーフが表現されています。翼を広げて飛び立とうとする、躍動感溢れるイノシシ像です。裏面には、イノシシを捕食するライオンが、大きな口を開けて咆哮する姿が表現されてます。
こうした有翼のイノシシ像は小アジアの他地域で発行されたコインにも表現されており、比較的広く知られたイメージだったことが分かります。
イオニア クラゾメナイ BC425-BC400 ドラクマ銀貨
イオニア クラゾメナイ BC499-BC494 ドラクマ銀貨
ミュシア BC357-BC352 テトロボル銀貨
また同じく小アジア西部の都市キジコスで発行されたコインにもイノシシが表現されました。ここでのイノシシには翼はありませんが、上半身像のみという点で共通の傾向がみられます。
キジコス BC525-BC475 オボル銀貨
上半身のみのイノシシ右側には、発行都市キジコスを象徴するマグロが配されています。裏面にはやはり咆哮するライオンが表現されています。ほぼ同時期にレスボス島で造られていたコインと非常に似通っており、地理的に離れた両都市の関係性を窺わせます。
ポーキス BC478-BC460 オボル銀貨
こちらでは、ライオンの代わりに牡牛の頭部が表現されています。同じくイノシシは上半身像で、「猪突猛進」の如く走り出すような姿で表現されています。
レスボス島 ミティリーニ BC454-BC428 ヘクテ貨
レスボス島 BC478-BC460 1/6スターテル銀貨
レスボス島ではイノシシの頭部像が表現されたコインも発見されていますが、なぜか二頭のイノシシが顔を突き合わせたような姿で表現されています。左右対称性のこうした図像は、比較的小さなコインによくみられる表現のひとつです。
一方でイノシシの全身像をそのまま表現した例も多くみられます。
キジコス BC550-BC450 ヘクテ貨
キジコス発行のヘクテ貨。マグロの上にイノシシが表現されていますが、銀貨とは異なり全身像になっています。
リュキア BC490-BC430 スターテル銀貨
地面に鼻先を擦りつけ、餌を探しているようなイノシシ像。裏面は亀が表現されています。
アイトリア BC170-BC160 トリオボル銀貨
全ての足を伸ばし、緊張したようなイノシシ像。前後の足を揃えており、動きの無い表現。
アプリ BC325-BC275 銅貨
上と非常に似通った表現のイノシシ像。しかし発行地はアイトリアから離れたイタリア半島の植民都市です。
パンフィリア アスペンドス BC420-BC360 ドラクマ銀貨
槍を持った騎士と、走るイノシシが表現されたコイン。イノシシ狩りの様子を表裏で表したものとみられ、逃げ惑うイノシシに躍動感があります。このイノシシはギリシャ神話に登場する「カリュドーンの猪」とされ、それを討ち取ろうとする騎士は勇者モプソスとされています。
パンフィリア アスペンドス BC420-BC360 ドラクマ銀貨
こちらはカリュドーンの猪が堂々と構えており、勇者モプソスとの対比をなしています。カリュドーンの猪は供え物を怠った罰として、狩猟の女神アルテミスが放った獰猛な巨大イノシシとされ、神話では多くの勇者が各地から集められ、猪を退治したと云われています。猪の牙の形が「三日月」を思わせることから、月の女神でもあるアルテミスの聖獣と解釈されました。
(軍神アレスがイノシシに変身して暴れまわるという物語もあることから、アレス神の化身とみなされることもあるようです)
カリュドーンの猪狩り
(ピーテル・パウル・ルーベンス)
イリュリア デュラキウム BC305-BC280 スターテル銀貨
イリュリア(現在のアルバニア)の都市デュラキウムで造られたコインには、牛の親子が表現されています。一見するとイノシシの姿はみられませんが、牛の上にイノシシの下顎の骨が配されています。かなり例外的ですが、これもイノシシのコインの一つに数えられるでしょう。
この下顎骨はイリュリア王モノウニオスの治世に造られたコインにみられる特徴であり、この王とイノシシの骨に何かしら由来するものがあったのかもしれません。
【ケルトコインのイノシシ】
ギリシャ文化圏ではありませんが、ヨーロッパに広く住んだケルト系民族のコインにもイノシシが表現されています。ケルト諸部族は文明化されたギリシャ人からバルバロイ(蛮族)とみなされていましたが、ギリシャとの交易は盛んに行われており、そうした過程でギリシャコインを真似た独自コインを発行しました。それらはケルト風のアレンジが為されており、独特な雰囲気を漂わせています。
ガリア ウェネティ族 BC100-BC50 スターテル銀貨
ガリア北西部(現在のフランス)のウェネティ族が発行したコイン。表面はアレキサンダー(ヘラクレス)を真似ており、ギリシャコインの影響が北方まで及んでいたことが分かります。
裏面は何故か人面馬が表現され、御者がそれを急き立てるという不思議な世界観が展開されています。その下に当時のケルト人が追いかけたであろう、ガリアのイノシシが配されています。デザインは単純化され、もはや魚のようにしかみえません。
ガリア セクァニ族 BC100-BC50 ウニット銀貨
同じ時期のガリア中部で造られたコインには、イノシシがメインとして表現されています。しかしやはり抽象化されており、鬣が魚の背びれのようになっています。
ブリタニア イセニ族 BC65-BC1 ウニット銀貨
現在のイギリス南部に暮らしていたケルト人が発行したコイン。表面にはイノシシ、裏面には馬が表現されていますが、イノシシとは分からない姿になっています。馬の足の関節は不自然であり、写実性とはかけ離れた造型です。イノシシの前足は縛られたようにも見え、狩猟の収穫として表現されたものかもしれません。
コインのデザインを辿ることによって、2000年以上前のギリシャ人にとってイノシシがとても身近な動物だったことが分かります。総じていえることとしては、イノシシは他の動物と組み合わせて表現されることが多く、また比較的小さなコインに表現される傾向がみられます。
次回は「古代ローマのイノシシコイン」をご紹介します。
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