こんにちは。
コロナウィルス騒動で世の中が落ち着かない昨今、皆様はいかがお過ごしでしょうか。
日本をはじめ、世界各国でお互いの人の行き来を制限、または停止し、事実上の鎖国状態になっております。
国内でも東京をはじめ、都市圏では週末遊びに出ることも自粛しなければならない現状です。
こうした動きにコインの世界も無縁ではなく、世界各国で開催される予定だったイベントやオークションは中止または延期となっています。海外へコインを送る、受け取るにあたっても航空便が減便し、また欧米では会社自体が休業または少人数体制になっているため、通常よりも遅れが生じています。
ただ店舗への来店が減少する一方で、インターネットでの注文を受け付けている会社は通常よりも受注数を伸ばしている模様です。
インターネットや電話入札を受け付けているオークションでは、通常と変わらないか普段以上の価格で落札されている例もあり、巣篭り需要が分かりやすく反映されているようです。
待ちに待った東京オリンピックは延期され、株価や金価格、為替も日々激しく動き続けるこの御時世は、まさに非常時と言ってよいと思われます。もしかすると現在の時期は、ペストや天然痘やコレラ、スペイン風邪が流行した時代と同じように、後世まで長く語られるようになるかも知れません。
外出も憚られる昨今では、自宅で過ごす時間が多くなると思われます。
撮り貯めてあるDVDや積んである本を消化したり、インターネットやテレビで興味のある分野の情報を得たり、名前だけは知っている名作を鑑賞してみるなど、このような時だからこそできる、贅沢な時間の使い方をして戴きたいと思います。また、お手持ちのコインを見返して整理・調査してみたり、それが造られ、実際に流通した時代にも思いを馳せてみて下さい。
何よりもご自身の大切な体を守るためにも、この局面を乗り切って頂ければ幸いです。
さて、今回はそれと関連して古代ローマの健康・衛生の守護女神サルースをご紹介します。
今この時にもイタリアはコロナウィルスで大変な状況に置かれていますが、現在より医療技術・制度が未発達だった古代ローマでは頻繁に疫病が流行し、その度に甚大な被害をもたらしてきました。上下水道が発達し、公衆大浴場が多数存在したローマ市内といえど、決して衛生的な環境とは言えませんでした。都市の人口過密と帝国の版図拡大による交通網の広がりによって、伝染病が拡散しやすい状況にあったのです。
そのような状況下で人々は神の力によって少しでも難を逃れようとし、健康を守護してくれる神を盛んに奉りました。
中でもラテン語で「健康」を意味するサルース(Salus)は分かりやすく、人々に受け入れられやすい女神像でした。
紀元前91年 デナリウス銀貨 サルース女神
サルースはもともと農耕や豊穣を司る女神とされていましたが、やがて健康と衛生、病気の予防を具現化した女神像として認識されるようになりました。
ギリシャ神話における医術の神アスクレピオスが信仰されるようになると、その娘であるヒュギエイアと同一視されるようになり、紀元前302年頃にはローマのクィナリウス丘に神殿が建立されました。8月5日がサルースの祝祭日とされ、神殿では祭事が行われていたと考えられています。
サルースにまつわるとされた泉の水は重宝され、それを飲んで病を治癒した人々は御礼品を献納したとも云われています。
紀元前49年 デナリウス銀貨 サルース女神
このコインでは両面にサルース女神が表現されています。表面には若き娘の姿をしたサルース、裏面には蛇を手にしたサルースが表現されています。
医神アスクレピオスの杖には薬師蛇(クスシヘビ)が巻きついており、娘ヒュギエイアはその世話を任されているとされていました。そのため、コインで表現されるサルースは蛇に餌を与える容姿で示されています。この蛇は脱皮する姿から「生まれ変わり=蘇生」の象徴とされ、ギリシャではアスクレピオスの神殿で実際に飼育されていました。
医神アスクレピオスが表現されたブロンズメダル (フランス,1805年)
蛇が巻きついた杖を携えているのが確認できます。傍らにいるフードを被った少年は息子テレスフォルス。
やがてローマでもアスクレピオス信仰が広まると、ギリシャの神殿で飼われていた蛇が分けられ、各地の神殿でも大切に飼育されるようになります。本来の生息地であるヨーロッパから遠く離れたカフカスにもクスシヘビがみられるのは、一説にはローマ人がこの地に進出した際にアスクレピオス神殿を建設し、蛇が持ち込まれた証と云われています。
WHO(世界保健機関)のシンボルマーク「アスクレピオスの杖」
杯に巻きついているタイプはヒュギエイアの杯と呼ばれ、薬学の象徴とされています。
帝政時代になると、市民達の健康を守る女神=国家安寧の女神として重要視されるようになりました。歴代のローマ皇帝たちも公衆衛生は共通の関心事であったようで、多くのコイン裏面にサルース女神像が登場しています。
ネルヴァ帝 デナリウス銀貨 (AD96年)
玉座に腰掛ける女神と「SALVS PVBLICA (公共の衛生)」銘。蛇はおらず、代わりに薬草を携えた姿。
ハドリアヌス帝 デナリウス銀貨 (AD134-AD138)
籠から立ち上がった蛇に餌を与える姿。
カラカラ帝 デナリウス銀貨 (AD199-AD200)
蛇が巻きついた杖を持つ女神像。父神の象徴を携えた珍しい姿。左下にはローマ市民(または皇帝)が跪き、女神の手を取っています。
マクシミヌス帝 セステルティウス貨 (AD235-AD236)
玉座上のサルース女神が蛇に給餌する姿。他の時代も含め、歴代皇帝・皇妃たちのコインで最も多い表現パターン。
ちなみにローマの一大観光地として知られる「トレヴィの泉」にもサルース女神の像が見られます。トレヴィの泉はもともと初代皇帝アウグストゥスが、ローマ市民の公衆衛生のため、清潔な水を供給する目的で造らせた人工泉でした。18世紀にローマ教皇クレメンス12世が宝くじの販売などで得た収益金をもとに、現在のような豪華な形に生まれ変わらせたのです。
三体の内の右側、蛇が巻きついた支えを有しているのがサルース女神
コインを投げ込むと再びローマを訪れる機会が巡ってくると云われているトレヴィの泉。
再びローマへ、そして世界の様々な場所へ、心置きなく訪れられる日が来ることを願ってやみません。
皆様もどうか健康にはお気をつけいただき、御自愛いただければ幸いです。
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