こんにちは。
梅雨になり蒸し暑い日が多くなってまいりましたが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。
緊急事態宣言が解除され、世の中も再び動き出しています。
当店、ワールドコインギャラリーも再開して一ヵ月が経とうとしています。休日には人出も戻りつつありますが、街中を見ると以前とは人の流れが変わっているようにも思います。
多く見られた外国からのお客さんは見かけなくなり、遠くから観光で訪れている方も少ないような印象を受けます。
蒸し暑い中でも大半の人がマスクを着用している光景は、昨年とは大きく異なり、心おきなく遠出するにはまだまだ抵抗があるようです。
これからも油断はできず、すべて元通りとはいきませんが、注意しながら新しい日常を送っていければ良いですね。
今回は、古代ギリシャで発行された「振り返る山羊」のコインをご紹介します。
動物が振り返る構図を表現したコインは、古代ギリシャの各都市で発行されていましたが、振り返る山羊を表現したのはキリキアの古代都市 ケレンデリスでした。
ケレンデリスは現在のトルコ南部、メルスィン県の海沿いにある小さな町アイディンシクにあたります。現在では遠浅の海岸が38kmにわたって続き、穏やかで風光明媚な地中海沿岸の町ですが、古代にはキリキア地方における重要な港湾都市として繁栄を謳歌しました。
かつてのケレンデリス、現在のアイディンシク
伝承ではシリアからやってきたサンドコスが建設した都市とされ、歴史家の見方ではフェニキア人の植民都市として始まったと考えられています。1986年に行われた発掘調査によって、紀元前8世紀より前に既に都市が形成されていたことが分かっています。その後はサモス島から移住したイオニア人やサミア人の植民都市として発展し、東地中海の重要な港町のひとつとして交易の要衝となりました。
ケレンデリスから西はエーゲ海などギリシャ諸都市、南はキプロス島~エジプト、東はシリア~フェニキアへと繋がる要衝として、周辺の勢力関係にも影響を与えていました。ペルシア戦争(BC499-BC449)の際はアテネの艦隊がケレンデリスに寄港し、そこからキプロス島やエジプトのペルシア軍に向けて出航しました。そうした経緯からケレンデリスはアテネ主導のデロス同盟に協力し、デロス同盟の都市の中で最も東に位置する都市として知られました。
ペルシア戦争が終結した後、キリキアはアケメネス朝ペルシアの支配下に置かれますが、ケレンデリスは主要港のひとつとして自治・独立を守り、アレキサンダー大王(アレクサンドロス3世)の東方遠征までそうした状態を継続させました。
この銀貨はアケメネス朝に従属していた時期に発行されたものであり、裸の騎士と振り返る山羊という、ギリシャらしいデザインが表現されています。
スターテル銀貨 BC440-BC350
表面には馬にもたれかかるような、裸の青年像が打ち出されています。完全に跨るのではなくベンチに座るような姿勢であり、珍しい表現です。裸体像はペルシア文化では野蛮の象徴とされ、美術品でもほとんど表現されませんでした。人間の肉体美を表現したギリシャらしい意匠は、この都市が一定の自治権を認められていたことの証でもあります。
裏面には振り返る山羊が表現されています。顎鬚のある山羊が前足をつき、身体を屈めるような姿勢で表現されています。こうした構図は古代ギリシャのコインでは多く見られ、牛やライオン、ガチョウなどあらゆる動物で表現されています。コインという限られた円形スペースで、少しでも対象物を大きく見せるための表現技法、または活き活きとした動物の動きを表現したものなど、様々な理由が考えられています。
いずれにせよ、こうした技法や表現上の工夫は、当時の芸術家・彫刻職人にとって腕の見せ所だったと思われます。
特にこの時代のケレンデリスで発行されたコインは楕円形が多く、山羊はその形に合わせるようにして身を屈めています。当時の製造工程上、コインとなる銀塊をきれいに整形することが難しく、あえて図像の方をコインの形に合わせたのかもしれません。
その後、ケレンデリスはセレウコス朝の支配下に入ると山羊のコインを発行しなくなりました。経済的な重要性、独立を失い、衰退したためとも考えられます。紀元前1世紀にキリキア海賊の被害が深刻化するとローマ軍がこの地を支配し、やがてローマ帝国の統治下に入ります。ローマ時代には治安の安定が図られ、交易都市として機能を再生させました。都市には港を中心にローマ風の別荘や浴場が整備され、かつての繁栄を取り戻しました。
しかしかつてのような銀貨を発行することはついになく、都市と周辺地域だけで流通する、僅かな種類の銅貨が製造されただけで終わりました。
その後は小アジアとキプロス島を繋ぐ港としての機能は維持されましたが、時代の変遷と共に重要性は低下し、現在では落ち着いた港町になっています。なお、ケレンデリスがトルコ風のアイディンシクに改称されたのは20世紀半ば、1965年のことでした。
・古代ギリシャ・ローマコイン&コインジュエリー専門店
「World Coin Gallery」
コメント