6月に入り梅雨らしい雨模様が続いております。湿気の多い毎日は過ごしにくいですが、梅雨が明けると後は猛暑がやってきます。エルニーニョ現象やラニーニャ現象など、異常気象をもたらす自然現象は毎年のことですが、今年の夏は過ごしやすいと良いですね。
今回はエルニーニョ現象でも知られる南米のペルーで発行された金貨をご紹介します。
ペルーは太平洋に面した南アメリカ大陸の国であり、国土面積は日本の3.4倍。南北に伸びた国土にはアンデス山脈からアマゾンの熱帯雨林、乾燥した砂漠地帯まで多種多様な気候風土に恵まれています。かつてインカ帝国が栄えた歴史から、マチュピチュ遺跡やナスカの地上絵など世界的に知られる名所も数多く存在します。
1821年にスペインから独立して以降、諸勢力間での内紛が絶えず、周辺諸国との度重なる戦争も重なり政情はなかなか安定しませんでした。
スペイン統治時代から鉱山の開発が行われたため、豊富な金銀に恵まれたペルーは良質な金貨や銀貨を発行し続けました。しかしチリとの戦争(太平洋戦争, 1879-1884)に敗れたペルーは領土の一部を喪失し、硝石の採掘と輸出が困難になったことから、経済的な不振に見舞われました。
そこでペルー政府は通貨改革を実施して物価を安定化させると共に、19世紀末に進展した金融の国際化にも対応しようとしました。
ペルー 1898年 1リブラ金貨
1898年、当時の世界各国の通貨政策基準となっていた金本位制に基づく新通貨「リブラ」が発行されました。
ペルー経済に強い影響力を及ぼしていたイギリスの「スターリングポンド」にリンクさせた通貨であり、1リブラは1ポンドと等価に設定されました。そのため1リブラ金貨はイギリスのソヴリン金貨と同じ金性(Gold917)・重量(7.9881g)・サイズ(22mm)で製造されました。外国との決済でも用いることのできる国際通貨として定着させる狙いがあったものとみられます。
通貨単位の「リブラ(libra)」はもともとラテン語で「天秤」を意味し、古代ローマでは重さの基準単位として使用されました(*1リブラ=約327.4g)。
イタリア語やスペイン語では現在もそのまま重量の単位として使われています。(*但し重量は国や時代によって変化している)
イギリスではリブラが「ポンド(*ラテン語で「重さ」を意味するpondusから)」と称され、時代の変化と共に重量単位⇒通貨単位にまで発展しました。
そのためポンドの通貨記号はリブラの頭文字であるL=£であり、ペルーがイギリスのポンドにリンクした金貨を導入する際、「リブラ」を通貨単位に選んだ理由が分かります。
しかしそのデザインはペルーの独自性を表現したものであり、優れた技巧の彫刻作品として世界にも通用する完成度です。南米版のソヴリン金貨として、国際通貨としての役割を期待されていたことがうかがえます。
表面にはペルーの先住民である「インディオ」の男性像が表現されています。大きな耳輪と羽飾りを付けた姿であり、アマゾン地域で生活する先住民を理想化したモデル像とみられています。
下部には1リブラを意味するスペイン語「UNA LIBRA」銘、上部にはペルーの「VERDAD I JUSTICIA (=真実と正義)」銘が配されています。
先住民を表現したコインとしてはアメリカ合衆国のインディアン金貨(5ドル&2.5ドル)が広く知られていますが、ペルーではそれよりも先に発行されていました。
裏面にはペルー共和国の国章が表現されています。上部には光り輝く太陽、周囲部には「REPUBLICA PERUANA (=ペルー共和国)」銘と造幣都市リマを示す「LIMA」銘、造幣局の試金官を示す「R・OZ・F」銘が配されています。
金貨の製造はペルーの首都リマの造幣局で行われました。リマ造幣局はスペイン統治時代の1565年に設立された長い歴史を持ち、鉱山開発によってもたらされた大量の金銀を精錬、加工していました。ただしリブラ金貨の製造はリマ造幣局だけは目標に追いつかず、アメリカのフィラデルフィア造幣局がプランシェット(*型押しする前の円形平金素材)を供給したこともありました。
また1902年からは1/2リブラ金貨も発行され、1/2ソヴリン金貨との互換性を高めようとしてことが窺えます。また1906年には独自の1/5リブラ金貨も発行が開始されました。
ペルー 1908年 1/2リブラ金貨
サイズは縮小されていますが、両面のデザインは同じです。こちらもイギリスの1/2ソヴリン金貨と同規格で製造されています。
リブラ金貨は金本位制の導入によって国際通用性を高めるために発行されましたが、国内で流通していたソル銀貨(*Solはスペイン語で太陽を意味する)にも対応するため「1リブラ=10ソル」の交換価値が設定されていました。
ペルー 1887年 1ソル銀貨
1863年に新通貨ソルが導入された際にも、通貨価値を安定させるために当時世界中で採用されていたフランス・フランの基準を取り入れて「1ソル=5フラン」と定めました。そのため1ソル銀貨はフランスの5フラン銀貨と同じ基準で製造されました。
しかし1914年-1918年の第一次世界大戦、1929年の世界大恐慌を経て世界経済は大きな変化を迎えます。従来の金本位制の維持は難しくなり、主要な国々で事実上停止されていったのです。イギリスも例外ではなく、19世紀以降続いてきたソヴリン金貨の発行と流通は難しくなりました。スターリングポンドと連動していたペルーもその影響を受け、1930年には金本位制を停止しました。
ペルー 1931年 50ソル金貨
1930年から発行されたインディオ金貨はコレクター向けの大型金貨として製造され、海外の収集家や資産家に買い求められました。裏面に金性(Gold900)と総重量(33.436g)が明記されるのは、南米のコインにみられる特徴の一つです。
1950年以降「リブラ」はペルーの正式な通貨単位としては廃止されますが、リブラ金貨そのものは地金型金貨として1969年まで製造され続けました。既に貿易決済通貨として使用されることはありませんでしたが、ペルーを代表する金貨として外貨獲得の手段になりました。ペルー版ソヴリン金貨は期待された本来の役割を終えた後も、ペルー経済安定のために役立ったのです。
地金型金貨として製造されたリブラ金貨(1966年銘)
デザインや規格は発行開始当初と同じですが、刻印彫刻はよりシャープになっています。
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