2月も終わりに近づき、少しずつ暖かくなってまいりました。
年明けの厳しい寒さは落ち着いてきましたが、季節の変わり目は体調にも影響が出やすいので、
どうかご自愛いただきたいと思います。
今回は年明けに更新した干支コインのご紹介「猪コイン」の続きです。
先月は古代ギリシャ編をご紹介しましたので、今回は「古代ローマ編」です。
イタリア半島でもイノシシが生息していたことから、古代ローマの人々にとってもイノシシは身近な動物の一種でした。特に狩猟の対象といえば鹿かイノシシとされ、有史以前から食用としても好まれてきました。野生のイノシシを家畜としたブタもローマでは飼育され、当時の人々のご馳走として饗宴にのぼりました。
こうしたイノシシの姿は度々コインのデザインとしても取り上げられています。古代ギリシャと比較するとメインとして表現されず、裏面のデザインとして採用されることが多かったようです。ローマの場合、イノシシの扱いは「狩猟の対象」と認識されているためか、狩りにおいて追い立てられるような姿で表現されています。
デナリウス銀貨 BC206-BC195
裏面の双子神ディオスクロイ騎馬像の下部、「ROMA」銘の上に小さなイノシシが配されています。この時代、コインに発行者の名銘を刻む慣習がまだ無かった為、発行者(または型の区別)を示すモティーフとして入れられたとみられています。
イノシシ以外にもイルカややフクロウ、ハエ、エビ、グリフィン、犬など様々なバラエティがみられます。
デナリウス銀貨 BC137
裏面中央のしゃがみ込む人物は、両手で子豚を抱きかかえています。表面が軍神マルスであることから、軍団への入隊儀式を表現したものとされ、子豚はマルス神に捧げる犠牲獣とみられます。古代ギリシャでも軍神アレス(マルスと同一視)の聖獣はイノシシとされていました。
デナリウス銀貨 BC106
納戸と世帯の守護神ペナテスが表現されたコイン。巨大なイノシシを仕留めた姿が表現されています。トロイから脱出したアエネアスがラウィニウムに上陸した際、巨大な白い豚の吉兆を見たという伝説の場面と解釈されることもあります。
デナリウス銀貨 BC79
裏面 グリフィンの下部にイノシシの頭部が配されています。この印は型を判別する為のものとみられ、イノシシ以外にもアヒルなど他の動物の頭部もみられます。
デナリウス銀貨 BC78
表面はヘラクレス、裏面には「エリュマントスの猪」が表現されています。エリュマントス山に生息した獰猛な大猪を生け捕りにしたという、ヘラクレスの功業伝説を示すモティーフです。全身の毛を逆立てながら威嚇するイノシシの姿は、巻いた尻尾の造型までリアルそのものです。
デナリウス銀貨 BC68
表面は狩猟の女神ダイアナ、裏面はイノシシが表現されています。イノシシの背中にはダイアナ女神が放った矢が刺さり、左下からは細長い猟犬に追い立てられています。表面と裏面で一つの場面を表現した、芸術性の高いデザインです。
デナリウス銀貨 BC19-BC18
帝政時代初期に発行されたコインにもイノシシが登場します。
アウグストゥス帝(在位:BC27年~AD14年)治世に発行されたこのコインには、槍で突き刺されたイノシシが表現されており、狩猟で仕留められた姿とみられます。前述のダイアナ女神のコインと非常によく似た構図です。毛並みは野性味に溢れ、巻いた尻尾も確認できます。
デナリウス銀貨 AD78
ウェスパシアヌス帝(在位:AD69年~AD79年)の治世末に発行されたコイン。表面には副帝ティトゥス、裏面にはブタの親子が表現されています。アエネアスの伝説にもブタの親子が登場しますが、ローマではブタが子沢山であることから子孫繁栄の象徴と見做されていました。ここでは大きな親ブタを「ウェスパシアヌス」、足元の小さな三匹の子ブタは息子「ティトゥス」「ドミティアヌス」と娘「ドミティラ」を示し、フラウィウス朝の繁栄を示していると解釈されています。
クァドランス銅貨 AD98-AD102
トラヤヌス帝(在位:AD98年~AD117年)の治世初期に発行されたクァドランス(=1/4アス)銅貨。表面にはヘラクレス、裏面にはイノシシが表現されています。
BC78年に発行されたデナリウス銀貨と同じ構図ですが、ヘラクレスは壮年になり、イノシシは単純化されたデザインになっています。
ペンタサリオン銅貨 AD202-AD203
モエシア(現在のブルガリア)の都市 ニコポリス・アド・イストルムで発行された銅貨。表面はカラカラ帝の皇妃プラウティラ。
裏面には武装したカラカラ帝の騎馬像が表現され、槍を持った皇帝がイノシシを追いかける様子が表現されています。狩猟の様子を表現することで、ローマ皇帝の武勇を表現しているとみられます。
銅貨 AD244-AD247
パフラゴニアの都市ラオディケイアで発行された銅貨。表面には副帝フィリッポス2世の肖像、裏面には犬と向かい合うイノシシが表現されています。狛犬のような左右対称性がユニークです。
アントニニアヌス銀貨 AD260-AD262
ガリエヌス帝(在位:AD253年~AD268年)の治世下、メディオラヌム(現:ミラノ)で発行されたコイン。裏面には度々登場する構図と同じイノシシ像が表現されています。
ガリエヌス帝の時代、メディオラヌムでは各軍団の象徴を示したコインが多く発行され、その多くは動物のモティーフでした。イノシシもその中の一つであり、ヒョウやライオン、鹿、牛、狼、グリフィン、ペガサス、カプリコーン、ケンタウロスなど様々なモティーフがみられます。
二回にわたって古代ギリシャ・ローマ時代の猪コインの一部をご紹介しましたが、西洋世界でもイノシシが身近な野生動物であったことがよく分かります。日本や中国でも干支になるほど親しまれた動物であり、東西の文化が異なる地域で愛された生き物であったことを物語っています。
イノシシと共に犬が度々表現されていますが、戌年の次が亥年であるように、何とも奇遇な組み合わせです。
今年は猪突猛進、元気良く走りぬく年になりますことを、心よりお祈り申し上げます。
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