こんにちは。
梅雨空から一転、太陽が照りつける蒸し暑い日が続いておりますが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。
まだ昨年よりは暑さが和らいでいるように感じますが、それでも暑いことには変わりありません。
熱中症等にならないよう十分注意していただき、令和最初の夏を楽しいものにしていただきたいと思います。
「夏」を感じるもの、風物詩といえば様々ありますが、音でイメージできるものといえば「セミの鳴き声」ではないでしょうか。
東京都内は樹が少ないからか、または暑過ぎて虫も活動できないのか、今年はまだセミの声が少ないように感じます。
そこで今回は夏の虫、「セミ」が表現された古代ギリシャのコインをご紹介します。
古代ギリシャ人にとってセミはかなり身近な昆虫だったようで、多産の象徴であるミツバチに次いでよく登場する昆虫です。多くは構図の一部分に小さく表現されていることから、作成した彫刻師や、型を区別するために配された可能性もあります。
ケルソネソス BC400-BC350 ヘミドラクマ銀貨
裏面の一部に小さなセミが確認できます。このコイン裏面は多様なモティーフが配され、他にもミツバチやブドウ、カドゥケウス(伝令使の杖)などが表現されています。セミは全てのコインに見られるわけではありませんが、比較的よく表現されているモティーフです。
もしこのコインをお持ちの方は、ぜひ裏面を確認してみてはいかがでしょうか。
ファセリス 紀元前4世紀 スターテル銀貨
ガレー船にはゴルゴンの顔、海中にはイルカの姿が確認できます。船に対して異様に大きなセミが表現されており、リアルな存在感を放っています。
アンブラキア BC360-BC338 スターテル銀貨
アテナ女神の隣に配されたセミ。女神の顔の大きさと比べると存在感があります。
テネドス 紀元前5世紀末~紀元前4世紀初頭 ドラクマ銀貨
ヘラ女神とゼウス神が表現されたコイン。裏面の斧の下には、葡萄と並んでセミが表現されています。かなり抽象化されており、可愛らしい印象を受けます。
アテネ BC165-BC148 テトラドラクマ銀貨
フクロウの左下にセミが確認できますが、羽がない様にも見えます。
ラリッサ BC479-BC460 ドラクマ銀貨
テッサリア平原の象徴である馬の上に、一匹のセミが配されています。
アブデラ BC395-BC360 スターテル銀貨
筋肉質なグリフィンとヘラクレスに並んで、羽を閉じたセミが表現されています。
フォカイア BC468 ヘクテ
小さなエレクトラムコインに表現されたセミ。デザインとして大きく表現されており、かなり丸みがあります。
セミは世界各地に分布し、その種類は確認されているだけで2000種に及ぶといわれています。ヨーロッパではギリシャをはじめイタリア、スペイン、ポルトガルやフランス南部など、地中海の温暖な空気に満ちた南欧に生息しています。しかしアルプス以北の冬の寒さが厳しい地域ではセミは生息できず、ドイツやイギリス、北欧諸国にはいません。
(※近年の温暖化の影響によって、セミが生きられる地域も拡大し、徐々に生息域も北上しているそうですが・・・。)
実際セミに馴染みがない人にとって、その存在は相当不快なものらしく、トラブルの種にもなっているようです。
↓昨年の記事です。
「セミの声がうるさい」仏南東部で観光客が村長に苦情
ウソか誠か分かりませんが、日本のドラマやアニメが海外で放送される際、夏のシーンでセミの鳴き声が入っているとテレビが故障したと思われてしまうため、その部分をカットして放送することもあったと聞いたことがあります。確かに日本では「セミの鳴き声=夏」と連想できますが、セミを知らない人からすれば虫の鳴き声だとすら認識されないと思います。
先入観が無ければかなり異様な雑音なのですが、身近で当たり前のものであれば「季節の風物詩」になるのですから不思議なものです。
しかし古代ギリシャでは「歌う虫」と呼ばれ、神話や詩作にも登場する神聖な虫として認識されていました。
セミは幼虫時代の3年~7年を地中で暮らし、成虫として地上に出ると1週間~3週間ほどで死んでしまうことは広く知られています。地中から這い出て天高く飛び立ち、樹液だけを吸って大きな鳴き声を出し、すぐに息絶えてしまうセミの姿に、古代のギリシャ人は神秘性を見出したことでしょう。
コインには神々の姿が刻まれていますが、それらと共に表現されていることも、セミが特別な虫として認識されていた証です。
特に有名なものでは『イソップ童話』でも取り上げられています。
作者のアイソポス(イソップ)は紀元前6世紀頃の小アジア西部で活躍した人物とされ、歴史家ヘロドトスも言及しています。現代でも子供向けの童話として広く知られている『イソップ物語』は、もともと古代ギリシャの説話集のようなものであり、動物たちの物語を通して人間社会を風刺しています。
その中の一つ、『アリとセミ』はギリシャの人々には認知されましたが、後世にヨーロッパで翻訳された際、セミを知らない読者にはイメージしづらいため「キリギリス」に置き換えられました。後に日本に伝わった際には『アリとキリギリス』となり、そのまま定着しています。
『アリとセミ』では夏の間中、アリはせっせと食糧を蓄え、セミは木の上でずっと歌っていました。冬になるとセミはアリに助けを求めますが、備えをせず歌ばかり歌っていたことを責められ、ついには死んでしまうという物語です。
基本的にアリとキリギリスと同じ流れですが、セミが夏の間しか歌わず、冬にはその鳴き声が全く聞こえなくなることを考えると、とても理解しやすい物語になります。セミの鳴き声は多くの人が思い出せますが、キリギリスの鳴き声をイメージできる人は少ないと思います。
古代ギリシャ人も現代の日本人と同じように、セミの声で夏を感じ、その短い命に儚さや季節の移ろいを投影させていたのでしょう。
今年の夏もセミの元気な鳴き声を聞きながら、暑い日々を乗り切っていきたいものです。
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