こんにちは。
3月になり一気に暖かくなってきましたね。今年は桜の開花も早く、各地でお花見日和です。コロナの規制も緩和され、マスク無しで外出される方も増えたように感じられます。花粉症の方々には厳しい季節ですが、春の訪れとともに明るい空気が戻ってくれば幸いです。
今回は3月ということで、3月=Marchの語源となった「マルス」とそのコインをご紹介します。
マルスは古代ローマの軍神であり、特に兵士たちに崇敬されていました。当時の男性名「マルクス」「マリウス」「マルティヌス」などはマルス神にあやかってつけられた名前です。
ローマの主神のひとつとして篤く信奉されましたが、もともとは田畑を守る農耕神とされていました。そのため農耕が始まる季節がマルス神の月とされ、そこから3月=Martius=Marchとして定着するようになりました。
また、火星を示す「Mars」もマルス神が由来になっています。火星を示す惑星記号「♂」はマルス神の槍を図案化したものとされ、現在では男らしさ=雄を示す記号としても定着しています。
雪解けの季節は軍事行動を開始する時期とも重なることから、ギリシャ神話のアレス神と同一視されて軍神としての性格も帯びるようになりました。
しかし戦闘の狂気を引き起こし、暴力的性格の強いアレスとは異なり、ローマにおけるマルスは都市国家と兵士たちの守護神として大切に信奉されていました。その神像は筋骨隆々とした男性(主に青年像)として表現され、兜を被る姿が多く見られます。
また、ローマ建国神話では建国者ロムルス&レムス兄弟の父親とされ、ローマのルーツとなった神として認識されていました。
マルスとレア・シルウィア
(ルーベンス作, 1617年頃)
アルバ・ロンガの王女レア・シルウィアは巫女として生涯独身を運命付けられるも、マルス神に見初められて軍神の子を懐妊。生まれた双子の男児ロムルスとレムスはティベリス川に流されますが、流れ着いた岸辺で雌狼に助けられ命を繋ぎました。この伝承はマルス神の聖獣が狼であることも大きく関係しているようです。
マルス神の姿は共和政時代からコインの図像として盛んに表現されていました。その姿は兜を被った青年の姿であり、本来の農耕神としての性格はほとんど見受けられません。征服戦争が盛んだった紀元前2世紀以降、デナリウス銀貨が兵士への給与として支払われたことを鑑みると、軍神が貨幣の意匠に取り入れられるのは極めて自然なことでした。そのため、裏面には兵士たちの勇ましい姿が多く表現されていました。
紀元前137年に発行されたデナリウス銀貨には兜を被るマルス神が表現されています。その兜には麦穂の飾りがあり、農耕神としての性格を併せ持つことを示しています。
裏面には「ROMA」銘の下に三人の男たちが表現されています。中央の男が軍に入隊するに伴い、二人の兵士が立会人(*左側の兵士は髭を生やし、腰も曲がっていることから古参兵、または年長の老兵とみられる)として儀式を執り行う様子とみられます。抱かれた子豚はマルス神に捧げられる犠牲獣と解釈できます。
紀元前108年頃に発行されたデナリウス銀貨には、勝利の女神ウィクトリアとマルス神が表現されています。裸のマルス神は兜を被り、戦勝トロフィーと長槍を携えています。腹筋が割れた姿で表現され、男性的な肉体美を強調しています。一方で右側には麦穂が配され、農耕神としての性格も示されています。
紀元前103年発行のデナリウス銀貨にはマルス神の横顔像と、戦う兵士たちの姿が表現されています。中央には膝から崩れ落ちる兵士も表現され、細かい部分までリアリティを追及している構図です。
ガリア戦争中の紀元前55年に発行されたデナリウス銀貨。表面のマルス神はトロフィーを背負い、戦勝を誇示する姿です。裏面にはローマの騎兵と打ち倒されるガリア兵たちが表現されています。
紀元前76年のデナリウス銀貨にはマルス神と羊が表現されました。牡羊座の守護神はマルスとされ、星座との関係性を示す意匠です。
紀元前88年のデナリウス銀貨には肩越しのマルス神が表現されています。肩には革紐を襷がけし、槍を持って遠くを見据える凛々しい青年像です。
裏面は馬戦車を駆ける勝利の女神ウィクトリアが表現されています。
帝政時代以降もマルス神は国家守護の主神として篤く信奉されました。
皇帝のコインには度々マルス神の姿が登場し、皇帝個人の武勇と兵士たちの長久を祈念しました。外征などの大規模な戦役が行われた場合、コイン上にマルス神が多く表現されたようです。
初代皇帝アウグストゥスの治世下に発行されたデナリウス銀貨。紀元前19年頃に造られたこのコインには、敵から奪った戦車が納められたマルス神殿が表現されています。アウグストゥスはユリウス・カエサルを暗殺したブルートゥスたちを打ち破った記念として、ローマ市内中心部のフォルム(広場)にマルス・ウルトル(復讐のマルス)神殿を建立しました。最終的な完成と奉納は紀元前2年5月12日とされることから、コインには計画段階の姿が表現されたとみられます。
トラヤヌス帝は積極的な領土拡大策によってローマ帝国の版図を史上最大にしました。ダキア征服後の114年~116年頃に発行されたデナリウス銀貨には、戦勝トロフィーを担いで堂々と歩むマルス神の姿が表現されています。当時はパルティア遠征の最中であり、ローマの軍事的成功を祈念する意匠として採用されました。
ハドリアヌス帝治世下の121年頃に製造されたデナリウス銀貨。裏面のマルス神像は先帝トラヤヌスのコインをそのまま継承した構図。ハドリアヌス帝はトラヤヌス時代の領土拡大路線を見直し、現状維持に努めたことで知られます。この年代はハドリアヌス帝が属州巡幸を開始した時期と重なり、各地の駐留軍団への視察が影響した意匠ともみられます。
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