こんにちは。
11月も終わりすぐに師走。寒さも厳しくなり、一気に冬の様相を呈してまいりました。
今年も残すところあとわずか、暖かくして年越しの準備を進めたいですね。
今回は半鳥半獣の幻獣「グリフィン」のコインをご紹介します。
グリフィンは古代ギリシャ語のグリュプス(γρυπός=鉤)に由来し、その名の通り鋭い嘴の鷲の頭部と翼を持つ、胴体はライオンの合成獣です。
『鳥獣虫魚図譜』に描かれたグリフィン
(ヨハネス・ヨンストン, 1660)
古代ギリシャではヘロドトスやアイスキュロス、クテシアスの書物に記されましたが、そこでは中央アジアやコーカサス、インドといった遥か東方の地域に生息しているとされました。後世のローマではプリニウスが『博物誌』の中で言及し、エチオピアに生息する奇妙な生物として紹介しています。
これらの記述から、グリフィンは遠く離れた異国に生息している実在の生物と認識されていたようです。
ペルセポリスのグリフィン像
グリフィンはペルシアなどオリエントのレリーフに見られる半鳥半獣の図像に由来していると考えられています。これらの図像を目にしたギリシャ人が想像を膨らませ、さまざまな民間伝承を組み入れて実在の生物のように形作っていきました。そのため図像や記述は多く残されていますが、スフィンクスやキマイラのようにギリシャ神話の中にはほとんど登場しませんでした。
(*神々の車を牽く存在として言及される例はある)
神話世界の幻獣と認識されなかったため、キリスト教が浸透した中世以降もヨーロッパではグリフィンが伝承されていきました。鳥類の王と百獣の王が合体した姿から、王侯の紋章に取り入れられたり、キリストや教会の象徴とされる例も多くみられました。グリフィンは獰猛ながらも気高く神々しい生物とされ、西洋文化において好意的な意味合いの図像として定着し、採り入れられてきました。そのため今なお多くのファンタジー作品に登場しています。
ギリシャ神話に登場しないに関わらず、王者の風格を体現するグリフィンは印章のモティーフとして人気がありました。いくつかの都市ではコインの図像として表現され、古代コインの中でも特徴的な雰囲気を醸し出しています。
エーゲ海に臨するテオスはイオニア地方における主要な植民都市のひとつでした。現在のトルコ、イズミル県シアジク近郊に位置し、円形劇場やディオニソス神殿などの遺跡が発見されています。
テオスのディオニソス神殿跡
紀元前544年頃、イオニアへ侵攻したアケメネス朝ペルシアがテオスを占領すると、多くの市民がエーゲ海を渡って国外に脱出。亡命先はトラキア地方のアブデラ(*現在のギリシャ,アヴディラ)であり、多くのテオス人がこの都市に移り住みました。しかし後年、再びテオスに帰還した人々も多くおり、故郷の復興に尽力しました。テオスはアケメネス朝の宗主下に置かれたものの、イオニア地方における主要都市として復活し、長らくその地位を守り続けました。
遠く離れたテオスとアブデラの深い関係性を示す証拠として、当時発行されたコインがあります。二つ都市のコインには共にグリフィン像が表現されています。
テオス BC470-BC450 スターテル銀貨
アブデラ BC530-BC500 スターテル銀貨
両都市で発行されたコインには、当時のギリシャ人が想像したグリフィンの姿が立体的に、まるで実在する生き物のように表現されています。特に、背翼の表現には共通性が見て取れます。
テオスとアブデラでは長期にわたってコインにグリフィンの姿を刻み続けました。グリフィンが両都市の象徴として用いられたことは明らかです。
グリフィンが表現されたコインはテオス・アブデラの銀貨が名品として知られていますが、他の都市でもグリフィンのコインが発行されました。
アブデラ BC365-BC345 テトラドラクマ銀貨
パンティカパイオン BC310-BC303 銅貨
ローマ BC79 デナリウス銀貨
コイン上のグリフィンはさまざまな姿で表現されていますが、鷲の頭に長い耳、ライオンのようにしなやかな身体は不可欠の構成要素です。オリエントに由来する幻獣でありながら、都市や発行者を示す図像として美しく表現されました。ギリシャ・ローマにおいてグリフィンは単なる異国の怪物ではなく、自分たちの文化に取り入れられた存在として認識され、肯定的な意味を付与されました。
現在に至るまで、力強さや神秘性を象徴するグリフィンは創作の世界で生き続けてきました。古代から続くシンボリックな存在として、これから先の時代も受け継がれていくことでしょう。
西ドイツ 1979年 5マルク銀貨
ドイツ考古学協会創設150周年記念コイン
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