こんにちは。
毎日暑い日が続きますね。この頃は猛暑に加えて台風や地震があり、なかなか落ち着かないお盆休みになってしまいました。
もう少し暑さが和らいで、過ごしやすい日常になってくれると良いのですが・・・。
夏休みを利用して旅行に行かれた方も多いと思います。昨今は円安の影響で海外に行くのも大変ですね。海外旅行の代名詞だったハワイも、以前ほど気軽に行けなくなってしまいました。
今回はハワイで発行されていた「フラガール・トークン」をご紹介します。
1810年にカメハメハ大王がハワイ諸島を統一して以降、ハワイ王国は独立国として発展しましたが、1893年にアメリカからの入植者たちによるクーデターが勃発し王政は廃止。1898年、アメリカ合衆国に併合されハワイ準州が発足しました。
その後ハワイはアメリカからの投資とアジア太平洋地域からの移民によって開発が進み、オアフ島南部に位置する州都ホノルルは近代的な都市として発展しました。
アメリカはハワイに太平洋艦隊の基地を置き、アジア太平洋における重要な戦略拠点としました。一方でワイキキビーチの整備などリゾート観光開発も積極的に進められ、アメリカ本土からの観光客や太平洋を横断する船舶の寄港地として賑わいをみせました。
ホノルル市内を走る路面電車(1900年代初頭)
人口の急増に伴い都市内の人の移動、交通も整備され、ハワイ準州が発足した1898年にはホノルル・ラピッド・トランジット(HRT)が設立。
1901年に路面電車、1925年にモーターバス、1937年にはトロリーバスの運行を開始し、ホノルルの都市圏交通を担いました。交通の発達によりホノルルは郊外へと拡大し、周辺地域の開発も進められました。
1934年のホノルル市内路線図
1941年12月7日、日本軍がホノルル近くのパールハーバー(真珠湾)を攻撃し太平洋戦争が勃発すると、ハワイは対日戦の前線基地として多くのアメリカ兵が駐留。
戦後、アメリカ本土に帰った兵士たちは温暖なハワイの思い出話を持ち帰り、ハワイ=南国の楽園というイメージを広めました。
日本でも1948年に歌謡曲『憧れのハワイ航路』がヒットし、1950年には岡晴夫、美空ひばり主演による映画(新東宝)が公開され、戦後日本人のハワイに対する羨望感を高めました。
太平洋の前線基地として戦時体制下に置かれていたハワイは多くの規制がありましたが、アメリカ兵が多く駐留したことで戦争特需に沸きました。
そして戦争終結後は軍の特需に代わる産業として、観光事業に力を入れ始めたのです。かつての最前線は平和なリゾート地としてイメージを脱却させ、アメリカ本土からの観光客を呼び込みました。
人口の増加とモータリゼーションの進展によって、ホノルルの都市交通も変化していきました。複数の路線や交通機関への乗り換えをスムーズに行うため、交通トークンが盛んに利用され始めました。
ホノルル市内のトロリーバス(1950年代)。路面電車のように架線から流れる電気を動力にして走るバス。排ガスを生じさせない電気自動車として、かつては世界中の都市で運用されていました。
まだ交通系ICが無かった時代、アメリカの地下鉄や市電では切符の代わりにトークンを発行し、乗客の出入場や乗り換えを行っていました。
使用されたトークンは回収され、次の乗客のために再利用されました。こうしたトークンは多種多様であり、アメリカでは収集対象にもなっています。
1951年にホノルル・ラピッド・トランジットが発行したトークンは、楽園ハワイのイメージを体現するようなデザインでした。
両面には踊るフラガールの姿が表現され、ハワイらしさを体現しています。通常、こうしたトークンは文字だけの極めてシンプルなデザインが多く、コインのように図像化された意匠が表現されることは稀でした。当時のホノルル・ラピッド・トランジットがコストをかけてでも観光客を喜ばせようとしていた遊び心と言えるでしょう。
重量は4.1g、サイズは23mm、材質は白銅(Copper Nickel)です。現在の百円玉とほぼ同じ規格で製造されています。通常のコインと混同されないよう、左右には半月状の切込み孔が開けられています。一部は風にあおられたフラガールの腰蓑が重なっており、デザインと技術のこだわりを感じさせます。
このフラガールトークンは大成功となり、ホノルル市民だけでなく観光客にも大好評でした。
しかしあまりにも成功しすぎた故、思わぬ誤算が生じてしまいました。
このトークンを手にした観光客が可愛らしいデザインに惹かれてしまい、お土産として持ち帰ってしまったのです。交通トークンは回収して再利用することを目的としており、紙の切符よりコストが高い金属を使用しているのはそのためです。しかし使用されないトークンは回収されることなく、循環することもありません。ただ高い製造コストがかかる一方では、トークン本来の意味がないのです。
デザインが良すぎるが故の弊害によって、このフラガールトークンはたった一年ほどで製造中止となりました。
しかし使用されなくなったにも関わらず、このフラガールトークンはハワイのお土産品として、またコレクターズアイテムとして、70年以上を経た今もなお人気があります。1950年代のヴィンテージとしてアクセサリーにも多く加工され、ハワイを象徴するアイテムとして定着しています。
発行数や現存数は不明ですが、比較的入手しやすい価格で取引されています。しかし70年前の一年だけ発行され、交通機関でのみ使用されたもののため、入手するのは意外と容易ではありません。
こうした交通トークンをコイン=貨幣のカテゴリに分類していいのかは迷いますが、アメリカ併合によって独自の通貨を発行できなくなったハワイの数少ないオリジナルコインに数えても良いかもしれません。
現在では路面電車もトロリーバスも廃止され、交通トークンを使用する機会もなくなりました。それでもハワイを訪れ、ホノルル市内を走るバスを目にすることがあれば、ぜひ当時の様子にも思いを馳せてみてください。
現在のホノルル市内バス
現在でもバスはホノルル市内の重要な公共交通機関のひとつ。市民と観光客の足として重宝されています。なお2021年に交通系ICカードが導入されたことにより、乗り換えもより一層スムーズになりましたが、導入に伴って紙の乗車券は廃止されました。
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