10月に入り、すっかり秋らしい日が増えてまいりました。
涼しい秋晴れの日には外出するのも心地良いですね。
スポーツの秋、食欲の秋、読書の秋など、何をするにも最適な気候です。
何かと気を付けることも多いご時世ですが、楽しい季節にしていただけると幸いです。
さて、今回は古代ギリシャ・ローマ時代に珍重された幻の薬草「シルフィウム」が表現されたコインをご紹介します。
このコインが発行されたのはアフリカ大陸北部、現在のリビア東部に存在した古代都市キュレネです。
キュレネは紀元前7世紀頃にティラ島から移住したギリシャ人たちによって建設されたと云われています。最初の移住団はアポロ神の神託によってこの地を選んだことから、アポロ神と恋人キュレネが逃避行した先をこの土地と設定しました。都市名は恋人の名からそのまま「キュレネ」とし、のちにこの都市を中心とする一帯が「キュレナイカ」と呼ばれるようになりました。
キュレネの位置。近隣にはアポロニアと名付けられた植民都市も建設された。
キュレネの都市はアフダル山地から流れ出る水脈に恵まれた、緑豊かな高台に建設され、周囲にはアフリカ大陸の珍しい動植物がみられました。
やがてこの地に移住したギリシャ人たちは、周辺一帯に自生する不思議な植物を発見します。これが「シルフィウム」と呼ばれる花でした。
古代の記録によると高さ50cmほど、黒い樹皮に覆われた太い根と中が空洞になっている茎、黄色の葉を有すると記されています。キュレネを中心とする地中海沿岸部の狭い地域にしかみられず、採取できる場所は限られていました。
そしてこの草花から採れる樹脂を煎じると、調味料や香料、媚薬になることが発見されました。特に避妊薬、堕胎薬としての効果が広く宣伝され、たちまちキュレネの特産品として輸出されるようになったのです。
現在このシルフィウムが何の種であったかを特定するのは困難ですが、セリ科の多年草であるオオウイキョウの一種だったという説があり、コインの図像とも類似しています。
オオウイキョウとコインのシルフィウム
オオウイキョウも弱毒性があり、家畜が口にすると出血性の中毒症状が現われるとされています。
なお「シルフィウム」の名称は現在、キク科のシルフィウム属として残されています。「ツキヌキオグルマ」とも称される現在のシルフィウムは北米原産であり、形が古代のシルフィウムに似ていることから名づけられました。
現在のシルフィウム=ツキヌキオグルマ
キュレネにとって貴重な輸出品となったシルフィウムは、建設されたばかりの植民都市の経済に潤いをもたらしました。西にカルタゴ、東にエジプト、北にギリシャ本土を配したキュレネは地理的にも恵まれ、周辺の大国にも盛んに輸出されました。
効果的な避妊方法が確立されていなかった時代、飲むだけで避妊効果が得られるシルフィウムは需要が途切れることがなく、遠くギリシャ本土でも高値で取引されました。古代ギリシャの名医ヒポクラテスも、シルフィウムは解熱作用、鎮痛作用があり、咳の緩和や消化不良の改善にも役立つ薬草として推奨したと云われています。
シルフィウムによって富を得たキュレネは大規模な神殿や公共建築物が次々と造営され、北アフリカ有数のギリシャ植民都市として発展してゆきました。
経済的に発展したキュレネは独自のコインを発行しましたが、その裏面には都市に富をもたらしたシルフィウムを刻みました。現代となっては、失われたシルフィウムの姿を記録した貴重な史料になっています。
BC500-BC480 ヘミドラクマ銀貨
ハート形の意匠はシルフィウムの種とされています。
BC435-BC375 テトラドラクマ銀貨
BC322-BC313 1/4スターテル金貨
三本のシルフィウムが放射状に表現されています。
シルフィウムはキュレネの象徴となり、キュレネ=シルフィウムと認知されるほどの産品になりましたが、それはこの植物がキュレナイカ一帯でしか採取できなかったことを意味していました。栽培は試みられましたが、土壌や気候など、生育環境の不一致などから成功しなかったようです。
キュレネは王政や共和政を経験しながらも独立を保っていましたが、紀元前4世紀末からプトレマイオス朝エジプトの支配下に入り、紀元前1世紀半ばにはローマの庇護下に入りました。支配者が代わってもキュレネの自治は保たれ、シルフィウムの輸出によって経済的・文化的な繁栄を享受していました。
しかしその繁栄もやがて終わりを迎えます。建国以来長らく繁栄を支えていたシルフィウムが、ついに絶滅したためでした。
理由には乱獲や砂漠化による環境変化など、様々な理由が考えられていますが、少なくとも紀元前1世紀頃から徐々に減少し始め、紀元1世紀に入るとほとんど採取できなくなっていたようです。もともと自然に自生している植物であったため、経済的な理由から乱獲し続ければ枯渇するのは時間の問題でした。
大変な希少品となったシルフィウムはデナリウス銀貨と同じ重量で取引され、時には金と同じ重さで買われることもあったと伝えられています。
ローマの博物学者プリニウスはキュレナイカ産のシルフィウムの茎が、珍品として皇帝ネロに献上されたことを記録しており、これが古代の文書における最後の記録とされています。
シルフィウムを輸出できなくなったキュレネは交易の中継地として維持されましたが、262年と365年に大地震が襲い壊滅的打撃を受けます。これ以降、都市は完全に打ち捨てられ、巨大な廃墟群が往時の繁栄を物語るのみとなりました。キュレネの都市が遺跡として再発見されるのは18世紀になってのことでした。
キュレネの急速な発展はシルフィウムによってもたらされたため、当時のキュレネ市民たちはアポロ神からの贈り物だと考えていました。しかし皮肉にもキリスト教が伸張し始め、古代ギリシャ・ローマの信仰が終焉を迎えようとする節目にシルフィウムは姿を消し、それに支えられていたキュレネもまた衰退したのでした。
現在、キュレネ発行のコインは僅かな種類しか確認されておらず、発行していたのは限られた時期だったとみられています。それらには都市の繁栄を支えた、今はなきシルフィウムが表現されており、キュレネの繁栄とシルフィウムの姿を現代に伝えています。皮肉にもシルフィウムなき今、この花を表現したコインが、珍品として高値で取引されているのです。
こんにちは。
一か月前にもコロナウィルスについて触れましたが、4月末の現時点では相変わらずといった状況です。緊急事態宣言は出されて3週間以上が経ちましたが、感染者数の推移や経済活動の停止、各所での混乱など、なかなか明るいニュースが入ってきません。
日常生活や街の様子も様変わりし、この非常時が続けばそのまま「日常」になってしまうような気もするようで、なんともスッキリしない感じがします。
ワールドコインギャラリーのある東京・御徒町の商業施設「2k540」では、予定通り5月6日(水)に緊急事態宣言が解除されてもすぐには営業を再開せず、一週間の期間を置いた5月15日(金)から再開となるようです。
国内外のコインオークションではネット入札だけになり、会場の使用は目下停止されています。入札状況は普段より多い位ですがやはり会場でのやり取り、人と人との会話が無いのは何とも言えないさみしさもあります。
海外の場合、落札しても配送状況に問題があり、普段よりも遅延が発生しています。現地の会社も出勤者が減り、出荷しても郵便や配送業者が、配送物の増加で逼迫している状況があります。日本への航空便自体も減っているため、物流が滞るのは仕方ありません。
それでも何とか動いているのは配送してくださる方がいるからで、本当にありがたいことです。医療や介護、保健や衛生、金融や行政などに関わる方々も、社会活動を維持するために日夜努めていただき、感謝の念に堪えません。
いつまでこの状況が続くかは分かりませんが、延々と続くことはなく、勿論どこかの時点で収束し始めると思います。
現状では感染せず健康であることを第一に、収束した後の希望を持って生活することが大切です。皆様もどうかご自愛いただきたく願います。
今回は古代ローマで発行されたコインにみる希望の女神 スペースをご紹介します。このような状況だからこそ、古代のコインを通じて希望を得ていきたいと思います。
スペース(Spes)は希望を象徴化した女神像であり、古代ギリシャにおけるエルピスに相当すると云われました。
ギリシャ神話に登場するエルピスはそのまま希望と翻訳され、パンドラが箱を開けて疫病や戦災、犯罪や欠乏など様々な災いを解き放ってしまった際に、最後にまで箱に残っていたのがエルピス=希望と云われています。
箱を開けるパンドラ
(ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス, 1896年)
ローマにおいては第一次ポエニ戦争(BC264-BC241)の時期、カピトリウム丘の近くにスペース神殿が建立され、ユノー・ソスピタ(救済のジュノー)神殿、ピエタス(敬虔)神殿と並ぶ形で存在しました。エスクイリヌス丘の上にはスペース・ウェトゥス(古来の希望)神殿が存在し、8月1日にはローマ市民による祝祭が行われていました。
帝政時代になるとコインの裏面にその立像が表現されるようになり、ローマ帝国全土にそのイメージが広がることになりました。
クラウディウス帝治世下のセステルティウス貨
スペースは右手で小さな花を持ち、左手で長衣の裾をつまみ上げた乙女の姿で表現されています。大き過ぎる衣と小さな花は、将来の成長と開花を象徴し、未来への希望を示していると云われています。速足で歩きだしそうな構図が乙女の若さと、将来への前向きな期待を体現しています。
スペース女神像は帝政期を通して、多くのコインに表現されています。未来への希望が、国家と市民にとって重要な活力になることを皇帝たちも理解していたのかもしれません。
ティトゥス帝 セステルティウス貨
ハドリアヌス帝 デナリウス銀貨
コンモドゥス帝 アウレウス金貨
ルキラ妃 アウレウス金貨
裏面に表現されているのは協調と和合の女神コンコルディアですが、傍らには子どもサイズの立像が配されています。長衣の裾を掴みあげる様子から、スペース女神像と分かります。協調からなる希望を示すためか、コンコルディア女神坐像の傍らに小さなスペース女神立像を配する表現は、他の皇帝のコインでも多く見られます。
サロニヌス アントニニアヌス貨
皇帝とスペース女神が対等に向き合う珍しい構図。上部には輝く星と共に「SPES PVBLICA (=国家の希望)」銘が配されています。
帝政ローマ時代の後、スペース女神は信仰上もコインの上からもひっそりと姿を消してしまいました。ルネサンス以降、希望の具現化としてメダルや芸術作品に表されたものが見られるのみです。こうした図像は、ローマ時代のコインの構図を参考にして作られたとみられます。
シャーロット・オーガスタ王女(1796年~1817年)の婚約を祝して造られた大型ブロンズメダル。裏面にはスペース女神と「SPES PVBLICA (=国家の希望)」銘が配されています。
女神は花を差し出し、左手で豊穣の角(コルヌ・コピア)を持っています。さらに運命を象徴する球と舵(=運命の流れを左右する)を携え、王女の運命に対する希望を示しています。
現代のコインにも希望の女神が表現されたものが存在します。1960年代まで南アフリカで発行されていたコインには、裏面に「希望の女神」と呼ばれる図像が採用されていました。
南アフリカ 1953年 1シリング銀貨
海岸に立ち、風に立ち向かうような姿で表現された女性の立像は、右手で船の錨を支え、遠くの輝く星を見据えています。
キリスト教圏では十字架が「信仰」、ハートが「愛」の象徴であるように、錨が「希望」の象徴とされています。リレー競争の最終走者をアンカー(Anchor=錨)と呼ぶのも、勝利への希望を託す意味が込められています。
南アフリカでは喜望峰(Cape of Good Hope)を象徴する女神像として、この図像が切手などにも用いられていました。希望である「Good Hope」と、大西洋とインド洋を結ぶ重要航路としての意味でも、錨がモティーフとして選ばれたと思われます。
1961年、アパルトヘイト政策を巡ってイギリスと対立した南アフリカは英連邦を脱退。国号を「南アフリカ共和国」に改め、通貨もポンド&シリング幣制からランド&セント幣制に変更されました。女神像はそのまま10セント銀貨に引き継がれましたが、なぜか輝く星が排除されています。
使徒パウロが信徒たちに宛てた手紙において「希望は魂の錨」として言及した通り、航海が盛んだった古代ギリシャ・ローマでは、錨は荒波の中で船が流されないように留め置く、非常に重要なものとして認識されていました。ギリシャ・ローマ時代のコインにも、錨がモティーフとして表現されている例が幾つか見られます。
現在は世の中全体が嵐の中にあります。しかし希望を保ち続けることで不安に押し流されないようにし、荒波を無事に切り抜けていければと思います。
晴れて安全なところに抜けられるよう、皆様もどうかご自愛ください。
・古代ギリシャ・ローマコイン&コインジュエリー専門店
「World Coin Gallery」
こんにちは。
コロナウィルス騒動で世の中が落ち着かない昨今、皆様はいかがお過ごしでしょうか。
日本をはじめ、世界各国でお互いの人の行き来を制限、または停止し、事実上の鎖国状態になっております。
国内でも東京をはじめ、都市圏では週末遊びに出ることも自粛しなければならない現状です。
こうした動きにコインの世界も無縁ではなく、世界各国で開催される予定だったイベントやオークションは中止または延期となっています。海外へコインを送る、受け取るにあたっても航空便が減便し、また欧米では会社自体が休業または少人数体制になっているため、通常よりも遅れが生じています。
ただ店舗への来店が減少する一方で、インターネットでの注文を受け付けている会社は通常よりも受注数を伸ばしている模様です。
インターネットや電話入札を受け付けているオークションでは、通常と変わらないか普段以上の価格で落札されている例もあり、巣篭り需要が分かりやすく反映されているようです。
待ちに待った東京オリンピックは延期され、株価や金価格、為替も日々激しく動き続けるこの御時世は、まさに非常時と言ってよいと思われます。もしかすると現在の時期は、ペストや天然痘やコレラ、スペイン風邪が流行した時代と同じように、後世まで長く語られるようになるかも知れません。
外出も憚られる昨今では、自宅で過ごす時間が多くなると思われます。
撮り貯めてあるDVDや積んである本を消化したり、インターネットやテレビで興味のある分野の情報を得たり、名前だけは知っている名作を鑑賞してみるなど、このような時だからこそできる、贅沢な時間の使い方をして戴きたいと思います。また、お手持ちのコインを見返して整理・調査してみたり、それが造られ、実際に流通した時代にも思いを馳せてみて下さい。
何よりもご自身の大切な体を守るためにも、この局面を乗り切って頂ければ幸いです。
さて、今回はそれと関連して古代ローマの健康・衛生の守護女神サルースをご紹介します。
今この時にもイタリアはコロナウィルスで大変な状況に置かれていますが、現在より医療技術・制度が未発達だった古代ローマでは頻繁に疫病が流行し、その度に甚大な被害をもたらしてきました。上下水道が発達し、公衆大浴場が多数存在したローマ市内といえど、決して衛生的な環境とは言えませんでした。都市の人口過密と帝国の版図拡大による交通網の広がりによって、伝染病が拡散しやすい状況にあったのです。
そのような状況下で人々は神の力によって少しでも難を逃れようとし、健康を守護してくれる神を盛んに奉りました。
中でもラテン語で「健康」を意味するサルース(Salus)は分かりやすく、人々に受け入れられやすい女神像でした。
紀元前91年 デナリウス銀貨 サルース女神
サルースはもともと農耕や豊穣を司る女神とされていましたが、やがて健康と衛生、病気の予防を具現化した女神像として認識されるようになりました。
ギリシャ神話における医術の神アスクレピオスが信仰されるようになると、その娘であるヒュギエイアと同一視されるようになり、紀元前302年頃にはローマのクィナリウス丘に神殿が建立されました。8月5日がサルースの祝祭日とされ、神殿では祭事が行われていたと考えられています。
サルースにまつわるとされた泉の水は重宝され、それを飲んで病を治癒した人々は御礼品を献納したとも云われています。
紀元前49年 デナリウス銀貨 サルース女神
このコインでは両面にサルース女神が表現されています。表面には若き娘の姿をしたサルース、裏面には蛇を手にしたサルースが表現されています。
医神アスクレピオスの杖には薬師蛇(クスシヘビ)が巻きついており、娘ヒュギエイアはその世話を任されているとされていました。そのため、コインで表現されるサルースは蛇に餌を与える容姿で示されています。この蛇は脱皮する姿から「生まれ変わり=蘇生」の象徴とされ、ギリシャではアスクレピオスの神殿で実際に飼育されていました。
医神アスクレピオスが表現されたブロンズメダル (フランス,1805年)
蛇が巻きついた杖を携えているのが確認できます。傍らにいるフードを被った少年は息子テレスフォルス。
やがてローマでもアスクレピオス信仰が広まると、ギリシャの神殿で飼われていた蛇が分けられ、各地の神殿でも大切に飼育されるようになります。本来の生息地であるヨーロッパから遠く離れたカフカスにもクスシヘビがみられるのは、一説にはローマ人がこの地に進出した際にアスクレピオス神殿を建設し、蛇が持ち込まれた証と云われています。
WHO(世界保健機関)のシンボルマーク「アスクレピオスの杖」
杯に巻きついているタイプはヒュギエイアの杯と呼ばれ、薬学の象徴とされています。
帝政時代になると、市民達の健康を守る女神=国家安寧の女神として重要視されるようになりました。歴代のローマ皇帝たちも公衆衛生は共通の関心事であったようで、多くのコイン裏面にサルース女神像が登場しています。
ネルヴァ帝 デナリウス銀貨 (AD96年)
玉座に腰掛ける女神と「SALVS PVBLICA (公共の衛生)」銘。蛇はおらず、代わりに薬草を携えた姿。
ハドリアヌス帝 デナリウス銀貨 (AD134-AD138)
籠から立ち上がった蛇に餌を与える姿。
カラカラ帝 デナリウス銀貨 (AD199-AD200)
蛇が巻きついた杖を持つ女神像。父神の象徴を携えた珍しい姿。左下にはローマ市民(または皇帝)が跪き、女神の手を取っています。
マクシミヌス帝 セステルティウス貨 (AD235-AD236)
玉座上のサルース女神が蛇に給餌する姿。他の時代も含め、歴代皇帝・皇妃たちのコインで最も多い表現パターン。
ちなみにローマの一大観光地として知られる「トレヴィの泉」にもサルース女神の像が見られます。トレヴィの泉はもともと初代皇帝アウグストゥスが、ローマ市民の公衆衛生のため、清潔な水を供給する目的で造らせた人工泉でした。18世紀にローマ教皇クレメンス12世が宝くじの販売などで得た収益金をもとに、現在のような豪華な形に生まれ変わらせたのです。
三体の内の右側、蛇が巻きついた支えを有しているのがサルース女神
コインを投げ込むと再びローマを訪れる機会が巡ってくると云われているトレヴィの泉。
再びローマへ、そして世界の様々な場所へ、心置きなく訪れられる日が来ることを願ってやみません。
皆様もどうか健康にはお気をつけいただき、御自愛いただければ幸いです。
・古代ギリシャ・ローマコイン&コインジュエリー専門店
【謹賀新年】
明けましておめでとうございます
昨年中は沢山の方に当ブログを読んでいただきました。本当にありがとうございます。
今年も昨年中のようなペースで変わらず、ゆっくりと確実に更新していけたら良いなぁと思っております。
何卒お付き合いのほど、宜しくお願い申し上げます。
昨年は「平成」から「令和」に変わり、今年はあっという間に「令和二年」です。日常生活で元号を使う機会は多くありませんが、お釣りで手にした五百円玉や百円玉、十円玉に「令和元年」と刻まれているのを発見すると、ちょっとした感動を覚えます。
しかし昭和二十年代のギザ十円玉も時々現役で流通しているのを発見すると、少しだけ嬉しいような気分になります。光陰矢のごとしと言いますが、令和元年のコインも、あっという間に感慨深いコインになってしまうのかもしれません。
今年はオリンピックイヤーということで、56年前の東京オリンピック記念コインを掲載します。
「富士山」と「桜」という日本のお正月・新春にふさわしいデザインです。
今年のオリンピックも盛り上がると良いですね。
令和二年、2020年が皆様にとって幸多き年になりますことを、心より願っております。
本年も何卒宜しくお願い申し上げます。
投稿情報: 00:05 カテゴリー: Ⅰ 談話室, Ⅱ コイン&コインジュエリー, Ⅶ えとせとら | 個別ページ | コメント (0)
こんにちは。
本日はクリスマスですね。
歳の瀬が近づいて何かと忙しなく、寒さも厳しい今日この頃ですが、気分だけでも楽しくありたいものです。
さて、本日はクリスマスということで、イエス・キリストが表現されたビザンチン金貨をご紹介します。
ビザンチン帝国は東ローマ帝国とも呼ばれ、その名の通りローマ帝国が東西に分裂した後に発展した東側の帝国です。ビザンティウムに建設された都市コンスタンティノポリス(コンスタンティノープル)に首都が置かれたため、「ビザンツ」「ビザンチン」などの通称で呼ばれています。
ビザンチン帝国はキリスト教の帝国であり、首都の位置関係からギリシャ文化の根強い風土でもありました。ローマ、キリスト教、ギリシャ文化、そしてオリエントの影響が交じり合いながら発展し、1453年にオスマン帝国によって滅ぼされるまでの千年以上存続しました。
ヒスタメノン・ノミスマ金貨 1068年~1071年
11世紀、日本では平安時代にあたるこの当時、ビザンチンでは写真のお椀のような形状のカップコイン「サイフォス」(=Scyphos, ギリシャ語の「杯」に由来)が多く造られました。従来発行されていたソリダス金貨は純度が高く、帝国領内外で広く流通する国際決済通貨でしたが、ビザンチン帝国の領土縮小や財政悪化、さらにイスラーム帝国が発行したディナール金貨の席巻などから、次第に地位が低下しつつありました。
カップコインの製造は金の純度を低下させる一方で、少しでも通用度を維持する為、薄く延ばしてサイズを大きく見せる目的があったとも云われています。表面積が拡大した分、図像の繊細さや表現の幅も拡大し、皇帝とその一家、キリストや聖母マリアなどの聖人が組み合わせされて表現されるようになったのです。
このコインの場合、皇帝家族の5人と、崇拝の対象であるイエス・キリストが並んで表現されています。このような図像は支配者である皇帝が、神の子イエスからの信任と祝福を得ていることを示す目的があったと考えられます。
表面には皇子三兄弟の立像が打ち出されています。
非常に分かりづらいのですが、三人の周囲にはそれぞれ「KωN」「MX」「ANΔ」と配されており、左からコンスタンティオス、ミカエル7世、アンドロニコスであることを示しています。三人はそれぞれロロスと呼ばれる、刺繍飾りが施された長い上着を羽織り、宝飾の冠を戴いています。中央のミカエル7世はラバルム(キリストを象徴する記章)、二人の兄弟は十字架が付けられた宝珠を持っています。
裏面は両親である皇帝ロマノス4世と皇妃エウドキア、中央にはイエス・キリストが表現されています。左側にはロマノスを示す「PωMAN」、右側にはエウドキアを示す「εVΔΟKIA」、キリストの左右にはギリシャ語でイエス・キリストを示す「IC XC」銘が配されています。
キリストは両側の夫婦の頭に手をかざし、戴冠するような姿で表現されています。これは皇帝と皇妃の地位が、キリスト(=神)によって授けられたことを視覚的に示すものです。聖人によって戴冠される姿の皇帝像は他の時代にも表現され、キリスト教の神聖性と皇帝の権力・権威が密接に結びついていたことが窺えます。
この一枚のコインに表現された皇帝一家は、複雑な権力闘争によって数奇な運命を辿ることになります。
もともとエウドキアは先帝コンスタンティノス10世の皇妃でしたが、コンスタンティノス10世亡きあと、幼い息子ミカエルを皇帝に即位させ、自らも女帝として権力を手中に納めました。しかし当時切迫していた軍事面での脅威に対応することは難しく、すぐにカッパドキア方面の将軍ロマノスと再婚。皇帝ロマノス4世はエウドキアと前夫コンスタンティノスとの間に生まれた三人の息子達を共同統治者にし、即位の正統性を示しました。
11世紀初めのビザンチン帝国版図
ロマノス4世が即位した頃、既にイタリア半島南部のビザンチン領はノルマン人に侵食され、ブルガリアでは反乱が勃発、イスラーム勢力であるセルジューク・トルコが東方から押し迫っていました。軍人皇帝ロマノスは西方や北方の勢力とは和睦し、東方のセルジュークと対決する方針を採ります。
1071年、ロマノスは大軍を率いて出撃し、一気にセルジューク軍を駆逐しようと試みました。しかしマラズギルトで行われた会戦において味方の裏切りに合い、数に劣るセルジューク軍に敗北。ロマノスは捕えられ、セルジュークのスルタンの前に引き立てられました。ローマ皇帝が敵軍の捕虜となったのは、3世紀半ばにウァレリアヌス帝がササン朝に捕えられて以来でした。
捕らわれたロマノスはスルタンに足蹴にされ、コンスタンティノポリスへは身代金の要求がなされました。しかし皇妃エウドキアは敵の捕虜となった夫に見切りをつけ、息子たちを立てて新体制の確立を図りました。しかし再び権力を得たエウドキアもすぐに退位、修道院入りを余儀なくされてしまいます。
結局ロマノスは金貨150万枚で釈放され、コンスタンティノポリスへ帰されましたが、息子ミカエル7世を新皇帝とする臣下たちによって捕らえられ、失明させられた後に追放されてしまいました。(※当時、皇帝は五体満足の者という条件があった)
こうした混乱はビザンチン帝国の衰退を象徴する出来事であり、小アジアの大半はセルジューク・トルコの支配下に入ることとなりました。この後、小アジアのトルコ化が進み、キリスト教徒による失地奪回を目的とした十字軍が結成されることになったのです。
今回は2019年最後の更新となります。
平成から令和へ移り変わった本年も残すところあと僅か。来る2020年が、皆様にとって良い年であることを心より願っております。
今年も1年間ご覧いただき、誠にありがとうございます。
来年も何卒よろしくお願い申し上げます。
投稿情報: 18:48 カテゴリー: Ⅰ 談話室, Ⅱ コイン&コインジュエリー, Ⅶ えとせとら | 個別ページ | コメント (0)
こんにちは。
10月は秋らしい日が続いておりますが、台風や大雨による天候不順・災害も多い月でした。
被害に遭われた方々へは、心よりお見舞いを申し上げます。
今回は古代ローマの皇帝 マルクス・アウレリウスのコイン肖像を取り上げたいと思います。
マルクス・アウレリウス・アントニヌス(在位:AD161-DA180)はローマ五賢帝の一人として知られ、高校世界史などでは『自省録』を著した哲人皇帝として有名です。
彼は2世紀後半のローマ帝国を20年近く統治しましたが、その治世は疫病や戦争も多く、哲人皇帝にとっては必ずしも平穏な時代とはいえませんでした。
統治期間中、それまでの皇帝たちと同じように多様なコインが発行されていましたが、マルクス・アウレリウスの場合、義父である皇帝アントニヌス・ピウスの時代 (在位:AD138-AD161)に後継者となったため、既にコインにその姿が表現されていました。
マルクス・アウレリウスのコインは周囲の称号と肖像の推定年齢が大まかに一致するため、コインが新たに製造される際には肖像が年齢相応のものに更新されていたとみられます。
初代皇帝アウグストゥスや二代皇帝ティベリウスは70代までその地位にありましたが、コインの肖像は常に30代の若い姿で固定されていました。対して非常に若々しい青年時代~晩年・死後の発行貨まであるマルクス・アウレリウスのコインは、当時のローマ人の年齢変化、人生観を鑑みる上で大変貴重な史料です。
尚、共同統治帝として共に即位した義弟ルキウス・ウェルス(在位:AD161-AD169)は即位前のコインは無く、在位期間も短かったため、コインの肖像はほとんど変化をみせませんでした。
また、マルクス・アウレリウスの妻ファウスティナは、父帝アントニヌス・ピウスの時代からコインが発行されていますが、髪形に多様な変化が見られる一方で顔つきは大きく変化しておらず、少女のように若々しいままでした。
【青年期 (副帝時代)】
AD140-AD144 デナリウス銀貨
AD140-AD144 デュポンディウス貨
マルクス・アウレリウスが初めてコインに表現されたのはAD140年、義父アントニヌス・ピウス帝の治世下でした。その前年には義父によって副帝(CAESAR)の地位に就けられています。
表面に冠を戴くアントニヌス・ピウス帝、裏面に無冠の青年マルクス・アウレリウスが表現されています。発行年代から考えると18歳~20歳頃の肖像とみられます。哲人皇帝の象徴といえる髭はまだなく、青年というよりは少年のような幼さを残しています。しかし豊かな巻毛は年を経ても変化せず、現存する彫像の特徴とも一致しています。
同時期に製作されたマルクス・アウレリウスの彫像
AD140-AD144 デナリウス銀貨
マルクス・アウレリウス単体で表現されたコイン。若々しく利発そうな青年として表現されています。裏面には儀式で使用する神器群が表現され、神祇官としての権威を象徴しています。
微笑むような優しげな表情は、将来の皇帝の人徳に対する期待感の表れかもしれません。
AD144 デナリウス銀貨
AD143 デナリウス銀貨
20歳以降の青年像。顔つきは大人として変化し、頬と口の周りには若干の髭が生えているのが確認できます。マルクス・アウレリウスはストア派の哲学者を意識して顎鬚を伸ばしたとされていますが、既にこの頃から少しづつ髭を伸ばし始めていたことがわかります。
同時期の彫像にも、同様に若干の髭が見受けられます。
AD151-AD152 デナリウス銀貨
30歳頃の肖像。既に髭は生えそろい、良く知られるマルクス・アウレリウス像に近い顔つきになりました。
【壮年期 (治世初期)】
AD161 デナリウス銀貨
アントニヌス・ピウス帝が崩御し、マルクス・アウレリウスが皇帝に即位した直後の時期に発行されたコインの肖像。即位時の年齢から39歳~40歳頃を表現したものとみられます。聡明そうな目つきと立派な髭は、まさに哲人を思わせる風貌です。
皇帝となっても副帝時代と同様、無冠の姿で表現されています。これ以降、月桂冠を戴く姿で表現されるようになります。
AD166 デナリウス銀貨
AD166 アウレウス金貨
対パルティア戦争の戦勝記念コイン。マルクス・アウレリウス帝の治世はその初期から対外戦争の遂行に費やされました。東方のパルティアを攻めるため、マルクス・アウレリウスは義弟で共同統治帝のルキウス・ウェルスを派遣し、自らは首都ローマで帝国内の統治を行いました。
髭が増え瞼の表現が変化したせいか、肖像も即位当初より老けて見え、心なしか疲れたような印象を受けます。先帝アントニヌス・ピウス帝の治世とは異なり、コインにも軍事色が強い意匠が多く採用されるようになりました。
【中年期 (治世中期)】
AD172 セステルティウス貨
AD172 デナリウス銀貨
50歳頃の肖像になると、即位当初より明らかに老け、顔つきも快活なものから老練で落ち着きのある人物像に変化しています。
パルティア戦争後は疫病の流行やルキウス帝の死去、ゲルマニアでの反乱、信頼する忠臣の謀反、さらに妻ファウスティナの不貞や息子コンモドゥスの不品行によってマルクス・アウレリウスの心身は疲弊していきました。首都ローマを離れ、奥深い森が広がるゲルマニアを転戦する陣中で『自省録』が著され、現代に至るまでマルクス・アウレリウスの考えが伝えられています。
生来生真面目なマルクス・アウレリウスは厳しい陣中にあるときでさえ政務をこなし、辺境の地で戦いながら帝国を統治しようと努めていました。しかし身体の不調を抑えるために服用していた薬にはアヘンが含まれていたため、徐々に身体を蝕まれていたと云われています。
【晩年期 (治世後期)】
AD173-AD174 デナリウス銀貨
AD178-AD179 デナリウス銀貨
50歳代末、晩年に発行されたコインの肖像は、目の表現に差異が見られるものの、より年老いているように見えます。既にこの頃、皇帝がローマに常時滞在することはほぼなくなっていました。そのためローマ造幣所の彫刻師は、なるべく最新の彫像などを参考にしながら新コインを作成したと考えられています。
AD180年、マルクス・アウレリウスはドナウ川方面で戦っている軍を指揮するために赴いたウィンドボナ(現在のオーストリア,ウィーン)で体調を崩し、側近や息子に囲まれながら60年の生涯を閉じました。
【没後 (コンモドゥス帝治世下)】
AD180 デナリウス銀貨
息子コンモドゥスがローマに帰還した後、元老院はマルクス・アウレリウスを神格化しました。このコインは神格化されたマルクス・アウレリウスを顕彰する為、コンモドゥス帝によって発行されました。
60歳で亡くなったマルクス・アウレリウスの肖像。従来の肖像と比べると最も老齢になっていますが、顔つきは凛凛しさを取り戻しています。また、即位前の青年時代と同じように無冠の姿です。皇帝という重責を全うして解放され、神となった哲人皇帝の姿を見事に表わしています。
マルクス・アウレリウスは副帝時代を20年、皇帝時代を20年経験しているため、合計40年分のコインが存在します。肖像も10代後半~60歳までと幅広く変化が見られます。一連のコインを並べて比較すると成長と変化を追うことができるので、収集にも最適なテーマといえるでしょう。
肖像から千年以上前を生きた人間の人生を辿ることができるという点で、コインの史料的価値の高さが改めて実感できます。
こんにちは。
梅雨空から一転、太陽が照りつける蒸し暑い日が続いておりますが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。
まだ昨年よりは暑さが和らいでいるように感じますが、それでも暑いことには変わりありません。
熱中症等にならないよう十分注意していただき、令和最初の夏を楽しいものにしていただきたいと思います。
「夏」を感じるもの、風物詩といえば様々ありますが、音でイメージできるものといえば「セミの鳴き声」ではないでしょうか。
東京都内は樹が少ないからか、または暑過ぎて虫も活動できないのか、今年はまだセミの声が少ないように感じます。
そこで今回は夏の虫、「セミ」が表現された古代ギリシャのコインをご紹介します。
古代ギリシャ人にとってセミはかなり身近な昆虫だったようで、多産の象徴であるミツバチに次いでよく登場する昆虫です。多くは構図の一部分に小さく表現されていることから、作成した彫刻師や、型を区別するために配された可能性もあります。
ケルソネソス BC400-BC350 ヘミドラクマ銀貨
裏面の一部に小さなセミが確認できます。このコイン裏面は多様なモティーフが配され、他にもミツバチやブドウ、カドゥケウス(伝令使の杖)などが表現されています。セミは全てのコインに見られるわけではありませんが、比較的よく表現されているモティーフです。
もしこのコインをお持ちの方は、ぜひ裏面を確認してみてはいかがでしょうか。
ファセリス 紀元前4世紀 スターテル銀貨
ガレー船にはゴルゴンの顔、海中にはイルカの姿が確認できます。船に対して異様に大きなセミが表現されており、リアルな存在感を放っています。
アンブラキア BC360-BC338 スターテル銀貨
アテナ女神の隣に配されたセミ。女神の顔の大きさと比べると存在感があります。
テネドス 紀元前5世紀末~紀元前4世紀初頭 ドラクマ銀貨
ヘラ女神とゼウス神が表現されたコイン。裏面の斧の下には、葡萄と並んでセミが表現されています。かなり抽象化されており、可愛らしい印象を受けます。
アテネ BC165-BC148 テトラドラクマ銀貨
フクロウの左下にセミが確認できますが、羽がない様にも見えます。
ラリッサ BC479-BC460 ドラクマ銀貨
テッサリア平原の象徴である馬の上に、一匹のセミが配されています。
アブデラ BC395-BC360 スターテル銀貨
筋肉質なグリフィンとヘラクレスに並んで、羽を閉じたセミが表現されています。
フォカイア BC468 ヘクテ
小さなエレクトラムコインに表現されたセミ。デザインとして大きく表現されており、かなり丸みがあります。
セミは世界各地に分布し、その種類は確認されているだけで2000種に及ぶといわれています。ヨーロッパではギリシャをはじめイタリア、スペイン、ポルトガルやフランス南部など、地中海の温暖な空気に満ちた南欧に生息しています。しかしアルプス以北の冬の寒さが厳しい地域ではセミは生息できず、ドイツやイギリス、北欧諸国にはいません。
(※近年の温暖化の影響によって、セミが生きられる地域も拡大し、徐々に生息域も北上しているそうですが・・・。)
実際セミに馴染みがない人にとって、その存在は相当不快なものらしく、トラブルの種にもなっているようです。
↓昨年の記事です。
ウソか誠か分かりませんが、日本のドラマやアニメが海外で放送される際、夏のシーンでセミの鳴き声が入っているとテレビが故障したと思われてしまうため、その部分をカットして放送することもあったと聞いたことがあります。確かに日本では「セミの鳴き声=夏」と連想できますが、セミを知らない人からすれば虫の鳴き声だとすら認識されないと思います。
先入観が無ければかなり異様な雑音なのですが、身近で当たり前のものであれば「季節の風物詩」になるのですから不思議なものです。
しかし古代ギリシャでは「歌う虫」と呼ばれ、神話や詩作にも登場する神聖な虫として認識されていました。
セミは幼虫時代の3年~7年を地中で暮らし、成虫として地上に出ると1週間~3週間ほどで死んでしまうことは広く知られています。地中から這い出て天高く飛び立ち、樹液だけを吸って大きな鳴き声を出し、すぐに息絶えてしまうセミの姿に、古代のギリシャ人は神秘性を見出したことでしょう。
コインには神々の姿が刻まれていますが、それらと共に表現されていることも、セミが特別な虫として認識されていた証です。
特に有名なものでは『イソップ童話』でも取り上げられています。
作者のアイソポス(イソップ)は紀元前6世紀頃の小アジア西部で活躍した人物とされ、歴史家ヘロドトスも言及しています。現代でも子供向けの童話として広く知られている『イソップ物語』は、もともと古代ギリシャの説話集のようなものであり、動物たちの物語を通して人間社会を風刺しています。
その中の一つ、『アリとセミ』はギリシャの人々には認知されましたが、後世にヨーロッパで翻訳された際、セミを知らない読者にはイメージしづらいため「キリギリス」に置き換えられました。後に日本に伝わった際には『アリとキリギリス』となり、そのまま定着しています。
『アリとセミ』では夏の間中、アリはせっせと食糧を蓄え、セミは木の上でずっと歌っていました。冬になるとセミはアリに助けを求めますが、備えをせず歌ばかり歌っていたことを責められ、ついには死んでしまうという物語です。
基本的にアリとキリギリスと同じ流れですが、セミが夏の間しか歌わず、冬にはその鳴き声が全く聞こえなくなることを考えると、とても理解しやすい物語になります。セミの鳴き声は多くの人が思い出せますが、キリギリスの鳴き声をイメージできる人は少ないと思います。
古代ギリシャ人も現代の日本人と同じように、セミの声で夏を感じ、その短い命に儚さや季節の移ろいを投影させていたのでしょう。
今年の夏もセミの元気な鳴き声を聞きながら、暑い日々を乗り切っていきたいものです。
こんにちは。
まもなく6月は終わりですが、梅雨空の今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。
本日はコインに関する新著をご紹介させていただきます。
来月17日、古代ギリシャ・ローマコインに関する新書籍が発刊されることとなりました。
著者の方は普段からお世話になっているお客様で、古代のギリシャ~ローマ~オリエントで発行された豊富なコインを紹介しながら、当時の文化や歴史、神話を巡る内容です。
『アンティークコインマニアックス コインで辿る古代オリエント史』
著者:Shelk
出版社:エムディエヌコーポレーション
発売日:2019年7月17日(水)
価格:¥1,300 (+税)
※画像をクリックするとAmazonの詳細ページにリンクします。
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紀元前の小アジアからギリシャ、エジプト、ローマなどで発行された多種多様なコインの画像と共に、イラストを交えながら、その図像に込められた意味や背景が紹介されています。当時の地中海世界を旅しながらコインを紹介する形式となっており、実際にコインが使われていた古代ギリシャ・ローマ世界を俯瞰的に感じられます。
古代コインには神話の神々が表現されていますが、それらがなぜアポロ神やアテナ神などと断定されているのか、その象徴となるモティーフや、またコインに刻まれている銘文も解説されており、古代の神話や文字を学ぶ方にとっても一助になることでしょう。
コインを通して古代ギリシャ・ローマの歴史や文化、神話、伝説、文字も学べ、考古学的な視点も盛り込まれています。
著者の方は、小中高生をはじめとする若い人たちが、コインを通じて古代ギリシャ・ローマの文化や歴史に興味を持つきっかけになって欲しいという思いを込めて書かれたそうです。
そのため価格を低く抑えつつも、掲載画像や解説内容は充実しており、小中高生だけでなくコインを収集している方も満足できる一冊になっています。
作成に当ってはコインを原寸大で掲載し、古代コインの彫刻のような立体感や、オリジナルの色を極力再現できるようこだわったため、完成まで大変苦労されたそうです。本著の約200ページの中に、当店が納めさせていただいたコインも掲載されていますが、それらを上手く撮影するのも技術が必要だったようです。
コインの写真撮影は多くの方が苦労されているようで、撮影してみると肉眼で実際に見た雰囲気と微妙に異なることもあります。当店のホームページにもコインの画像を掲載しておりますが、接写撮影に慣れているカメラマンであっても難しい場合があります。
この本では色調やサイズなど、なるべく忠実に再現し、読む人が実物のコインをイメージしやすいような工夫がなされています。
欧米ではギリシャ・ローマコインに関する著作は数多くありますが、日本ではコインに関する著作そのものが少ないのが現状です。その中で、モティーフや銘文の解説が図像つきで分かりやすく、なおかつ詳しく網羅されている本著はとても貴重な一冊といえるでしょう。図像や解説も美しく明確にまとめられているので、オークションカタログのように各ページを眺めているだけで楽しい本です。
この本を通じて、若い世代の方々へコインの魅力を発信し、新しい世代へと裾野が広がっていけば幸いです。日本でより一層、古代ギリシャ・ローマ文化への関心が高まり、古代コインという文化遺産の価値が再認識されると嬉しく思います。
また、この本をきっかけに将来の研究者を志す方が一人でもいれば、とても意義のある一冊になると思います。
古代ギリシャ・ローマの歴史や文化、神話に興味がある方は当時の世界に思いを巡らせ、コインに興味がある方はデザインの豊富さや新しい知識を得ることができるでしょう。
小中高生から大人まで楽しめる一冊ですので、この初夏の読書にオススメの新著です。
・目次
・コインで学ぶ古代ローマ史
人物の相関図やそれぞれのエピソードも充実しており、コインを通して古代ギリシャ・ローマの歴史的流れが分かります。
こんにちは。
新緑の心地よい季節、気温の高い日も続き、初夏の訪れを感じさせます。
新元号「令和」の時代がはじまり、まもなく一月が経とうとしておりますが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。
さて、今週の金曜日から、ワールドコインギャラリーも参加する台東区エリアのワークショップイベント「モノマチ」がスタートします。
毎年恒例となったこのイベントも今回で11回目。メーカーや店舗、デザイナーなど195組が参加する広域イベントです。
↓クリックすると公式HPへリンクします。
「モノマチ」は2011年からはじまり、製造と卸し業が集まる東京都台東区の南部エリア(御徒町~蔵前~浅草橋)を歩きながら、モノづくりの街の魅力に触れていただくイベントです。
会期中にこのエリアに来て頂くと、各所で特別な催しやイベントに出会えます。普段は公開されていない工房やアトリエも見学でき、また店舗としては営業していない会社も限定オープンしています。
今回はリアルな仕事の現場を「見る」「買う」「体験する」魅力がさらに増しており、来場された方々には思いがけない発見や出会いがあるかもしれません。
当店ワールドコインギャラリーも期間中営業しており、たくさんのお客様のご来店をお待ちしております。コインを使ったジュエリーをご覧いただき、古代ギリシャ・ローマと現代日本の職人の技術の共演をお楽しみいただけます。
実際に手にとってご覧戴くことで、歴史の重みや技術の高さ、繊細さを感じ取っていただけると思います。
その他、各店舗のオリジナル製品を集めていく「トッピングラリー」では、幸福を呼ぶラッキーコイン「イギリスの6ペンス」を使用したブレスレットを提供しています。チェーン部分に蝶のワンポイントをあしらった可愛らしい一品です。
また、スタンプラリーにも参加していますので、お子様連れの方にもぜひお越しいただきたく思います。
ちょうど5月25日(土)と26日(日)にはすぐ近くで「湯島天神 例大祭」も開催されます。令和最初の例大祭ということで、こちらも大いに盛り上がることでしょう。江戸の御神輿や行列も見物できる、とても賑やかな週末になりそうです。
(↓クリックすると公式HPへ)
5月最後の週末はぜひモノマチへ、湯島天神のお祭りへ、そしてワールドコインギャラリーへ足を伸ばしてみてください。古代ギリシャ・ローマ時代をはじめ、世界中の珍しいコインを手にとって鑑賞いただける、貴重な機会でもあります。
週末は天気もよく晴れ、絶好のお出かけ日和のようです。皆様のご来場、ご来店を心よりお待ちしております。
素敵な週末をお過ごし下さい。
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