こんにちは。お久しぶりです。
この頃記事を更新できていませんでしたが、本日は久々の更新です。
よく物事の喩えなどで「コインの裏表」という言い回しがありますよね。
実際にコインを投げてみて、「表か裏か」を賭けるというゲームも、昔から世界中で行われています。
それだけ古くから、世界中でコインが人々の生活に深く浸透していたという証でもあります。
では、コインの「表面」「裏面」というのはどのように決まっているのでしょうか?
例えば古代ギリシャのコインの場合、現在では「凸面」が表、「凹面」が裏とされています。これは当時の造幣方法が「打刻式」であり、ハンマーを打ち付ける面を表面にしていた、という見方からきています。
紀元前6世紀頃、打刻コインが作られ始めた頃は、塊を固定して「表面」だけを打ち出していました。
アケメネス朝ペルシアのダリック金貨
【走るペルシア王の反対側には、金塊を固定していた跡だけが刻まれている。】
そのため表面は盛り上がり、裏面は窪んでいるような状態の中に、デザインが表現されているものが多くあります。
紀元前5世紀のアテネで発行されたテトラドラクマ銀貨
【表面にはアテナ神、反対には四角い陰刻の中にフクロウが表現されている。】
また、アレキサンダー大王時代以降、王の肖像を大きくコインに表現するようになってからは、人物(君主)の肖像がある方を表、神々の坐像や立像などの全身像が表現されている方が裏とされています。
人物肖像があるコインの場合、王の名や称号銘は肖像と共には刻まれず、裏面に刻まれている例が多く見受けられます。
アレキサンダーコイン (テトラドラクマ銀貨)
【ヘラクレスを模した大王の肖像の面は盛り上がっているのに対し、反対側のゼウス神坐像の面はすり鉢状に窪んでいる。ゼウス神の右には、ギリシャ文字による「アレクサンドロス」の銘。】
この様式は後にローマにも引き継がれました。共和政時代のローマコインの表裏には、共に神の姿が表現されました。しかしカエサル以降、存命中の人物の肖像が表現されるようになり、人物の肖像と共にその人の名と尊称号が刻まれるようになります。この様式はアウグストゥス帝以後のローマ皇帝に引き継がれ、ローマ帝国の全史を通じて継承されてゆくことになります。
ユリウス・カエサルのデナリウス銀貨
【カエサル自らの肖像と共に、「CAESAR」の銘が刻まれている。反対側はヴィーナス女神の立像。】
ローマ五賢帝時代 ハドリアヌス帝のデナリウス銀貨
【月桂冠を戴くハドリアヌス帝の肖像の周囲には、「HADRIANVS AVGVSTVS (ハドリアヌス帝)」の銘。反対側には、自由と解放の女神 リベルタスの立像。】
ただ、この見方はあくまで後世の我々から見た「コインの裏表」であり、当時のギリシャ人やローマ人たちがどちらを表面、裏面として認識していたのか、またはそもそもコインに「表裏」があるという意識が存在したのかは不明です。
しかし、コインに時の君主の肖像と尊称を刻むことは、現在に至るまでヨーロッパ諸国の伝統になりました。「君主の顔=国家の象徴」という見方も伴い、慣習的に「君主の肖像がある面が表」と認識されています。
ちなみに古代中国で造られた、穴銭などの鋳造コインの場合、漢字などの文字が大きく刻まれている面が表(※反対の面には簡単な記号や、何も表現されていないことが多かった)とされます。
またアラブやトルコ、イランなどのイスラーム諸国では伝統的に偶像を描くことを忌避することから、両面共にアラビア文字の文言のみが刻まれました。この場合、どちらが表でどちらが裏なのかを判断することは、非常に難しくなります。
ウマイヤ朝やアッバース朝など初期のイスラーム王朝では、聖典『クルアーン(コーラン)』の一節を刻みました。
神の言葉である以上、これが表となります。後にクルアーンの一節が刻まれなくなった後は、君主の名前がトゥグラ(イスラーム圏の花押)などによって表され、これを「表面」と見做すことが多いようです。
19世紀初め、インドのマドラスで発行されたルピー銀貨
どちらが「表面」で「裏面」か判りますか?
しかしこうした捉え方はあくまで後世の見方でしかなく、未だにどちらを表面とするか、判断が難しいコインが数多くあるのも事実です。
日本の場合、明治時代から年号の入っている面(額面数字が大きく刻まれている側)を「裏」とし、その反対面(草花などがデザインされている側)を「表」としているようですが、これは造幣局が製造時に「便宜上」利用している定義に過ぎず、貨幣発行に関する法律には規定されていません。
そのため、どちらの面を表とするかは世界各国様々であると思われます。世界のコイン収集の基礎となるカタログ『Standard Catalog of WORLD COINS』(クラウス社)を見ると、君主がいない共和国の場合、「国章」が刻まれている面が「表面」として紹介されています。
しかし国章がどちらにも刻まれていない場合は、「国名」が刻まれているほうを尊重して「表面」としているようです。つまり人物がモティーフになっていたとしても、君主国でない場合は表とは限らないのです。
トリニダード・トバゴの5ドル銀貨
【クラウス社のコインカタログでは、スカーレットアイビスが打ち出されている方を「裏面」、トリニダード・トバゴ共和国国章の方を「表面」として掲載している。】
1872年 ペルーの1ソル銀貨
【クラウス社のコインカタログでは、リバティ女神が打ち出されている方を「裏面」、ペルー共和国国章の方を「表面」として掲載している。】
尚、紙幣の場合は、銀行による発行の場合は「銀行名」が表記されている方を表面とし、裏面に国章や国名が記されていても、そちらを尊重しているようです。
1960年代 ペルー中央準備銀行の10ソル・デ・オロ紙幣
【同じくリクラウス社発刊の世界紙幣カタログでは、リバティ女神坐像が描かれた方を「表」、国章を描かれた方を「裏」としている。しかしこの紙幣では、明らかに19世紀から発行していたソル銀貨をモティーフにして、表裏のデザインを構成している。】
しかし近現代のコインの場合は、慣習的に「裏面」とされている面のデザインは、表面に比べて自由にデザインができることから、記念コインなどでは裏面に力を入れるケースが増えています。その場合、デザイナーや製作者にとっての表面は、従来の裏面が「表」となるはずです。おそらく記念コインを購入する収集家も、美しいデザインが刻まれた面を「裏」として意識することはないと思われます。名品と云われるコイン(都市景観や雲上の女神など)に当てはめて考えると、肝心な面は全て裏面になってしまいます。
戦後発行された世界の記念コインは多種多様ですが、主な発行地域の関係から、そのほとんどにエリザベス2世女王(在位:1952年~)の肖像が刻まれています。そのデザインは発行国、地域に関わらずほぼ共通であるため、一見しただけではどこで発行したコインか分かりません。その判別を明確にするのは、やはり「裏面」ということになります。女王の肖像と名前だけで、額面や発行年、発行国名すらその裏に刻まれている例もあるからです。
英領ヴァージン諸島の25ドル銀貨
【表面にはエリザベス2世女王の肖像、裏面には中国の童子人形が表現されている。このコインはシリーズ記念銀貨であり、裏面のデザインは多種多様にある。しかし「表面」であるエリザベス2世の肖像や称号銘などは全て共通である。】
コインを収集する楽しみの一つとして、「集める」「観る」に加えて「分類する」というポイントがあります。しかしコインの表裏の定義は非常に曖昧です。そもそもコインというもの自体が、一概に定義するには難しいほどに地域的・歴史的範囲と多様性が広いためです。
どちらを「表」とし、どちらを「裏」とするか、収集と研究にあっては自分の中の「表裏」をハッキリ決めることが大切です。
紀元前3世紀頃のイタリア南部のギリシャ人植民都市 タレントゥムで発行されたディドラクマ(=2ドラクマ)銀貨
このコインは「凹凸」の定義に当てはめた場合、左側の騎馬兵士が表となり、右側のイルカに乗ったタラス(都市タレントゥムの守護神。海神ポセイドンの息子とされた)が「裏面」になります。
筆者はどうも右側の「タラス」が、このコインにとっての「表面」に思えて仕方ないのですが、皆さんはどう解釈しますか?
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